三無主義

 ~ディスパレートな日々~   耶馬英彦

温泉旅行~湯河原

2007年10月20日 | 日記・エッセイ・コラム
昨日の金曜日、久しぶりに平日の休みが取れたので、思い切って温泉宿に出かけることにしました。ホテルじゃなくて旅館、料理のおいしいところ、一泊だけだからあまり遠くない近場で、料金は多少高くてもいいかな、とネットで探したところ、神奈川県の湯河原温泉によさそうな旅館がありました。10畳間を平日に限って1名でも利用できるということで、少し値は張りますが、どうせ贅沢をするための旅行ですから没問題(メイウェンティ)です。予約した後、朝の等々力渓谷を散歩していると、料理の希望について確認の電話が携帯にかかってきました。やや年配の落ち着いた女性の声で、ますます期待が持てそうです。
等々力渓谷はマンションの近くにあるのにこれまでは橋の上から眺めるだけでした。今回はじめて遊歩道を歩きましたが、なかなかいい感じでした。朝の9時過ぎで、ここを通って駅に向かう人たちがたまにいるくらいで、川に沿った道はやや湿り気を含んでひんやりとする心地のよいものでした。等々力不動尊まで足を伸ばして戻ってくるとあっという間に1時間半が過ぎて10時半になったので、一旦家に戻って旅支度をします。これから温泉に行くのに風呂というのも変かなと思いつつ、やはり出かける前はちゃんとしないと、といういつもの習慣を重んじて、湯船に柚子の香りのバブを入れて長々と30分くらい浸かりました。髪を洗って体を洗って服を着て準備完了です。髭は剃りません。休みの日のいつもの習慣です。
念のためにネットで天気予報を調べると、夕方から雨になるとのこと。午後4時のチェックイン予定ですから、傘を持っていくかどうか微妙なところです。でも降られたら嫌なので持って行くことにしました。カバンひとつと傘ひとつ、財布と小銭入れと携帯電話とパスモ。坐骨神経痛の私にとっては結構な荷物です。ま、金曜日とはいえ平日だし、昼間の電車はすいているだろうとタカをくくっていました。駅に行くと、電車はもちろんそれほど運んではいなかったのですが、座れません。自由が丘で東横線の特急に乗り換えたときもやっぱり座れない。横浜駅で降りてJRのホームまで歩きついたときにはかなり腰痛がひどくなっていたので、東海道線の列車が到着したときには、なりふり構わず空いた席へ突進しました。意外にたくさんの人が乗り込んできて、座れない人もかなりいました。とりあえず座れてよかったなと、改めて思いました。坐骨神経痛を抱えている今は、1時間20分も立っているのは絶対無理です。本当は快速アクティに乗る予定だったのですが、時間が合わず、各駅停車に乗りました。各駅でも3時過ぎには湯河原の駅に着く計算なので大丈夫。
と思っていたら、藤沢の駅に着いた途端に車内アナウンスが「茅ヶ崎と平塚の間の踏切で乗用車が立往生したため、東海道線は運転を見合わせます」と言いました。ま、遅れるようだったら旅館に電話を1本入れればいいだけのこと。せっかくの休日だからのんびりした気分でいようと思いました。10分くらいの停車の後、動き出して再び車内アナウンス「踏切内で乗用車が立往生したため、遅れが生じました。ご乗車のお客様にはご迷惑をお掛けいたしまして大変申し訳ございません」 しかし、考えてみれば変な話です。乗用車に立往生されて一番迷惑したのはJRです。私がJRの社員なら、こうアナウンスします「踏切で乗用車が立往生したため、現在10分ほど遅れて運転しております」以上です。謝罪の言葉は要りません。それに乗用車というのも引っかかります。どうせ老人かオバサンの運転だろうという失礼な憶測はさておき、踏切で立往生するのは日頃からあまり運転しなれていない人で、用もないのに車で出かけるからこういうことになる訳です。やはり乗用車は必要最小限に制限すべきです。
さて、大磯の次は二宮。15年位前に苦情処理のために来たことがあります。かなりの田舎です。そのときは苦情処理専門ではなかったのですが、店長だったのと有力なコネクションを持つ客だったのとでやむを得ず行きました。根府川駅に近づくと窓から海が見えました。久しぶりに見る海で、しかも東京湾でなく太平洋。生憎の曇り空でしたが、水平線も見え、満足しました。まもなく湯河原です。熱海の一駅手前。近いのか遠いのかよくわかりませんが、パスモで行ける範囲ではあります。午後3時半すぎ、湯河原駅に到着しました。
するとそこへ仕事の電話。しかし大した用事でなくて、すぐにタクシーへ乗り込み、10分弱で予約の旅館へ。入り口の光景を見て、まず思いました。ありゃりゃ、これはまたネットの画像とずいぶん違います。かなりの落差で少し気落ちしました。ネットにはもっと現実に近い画像を載せた方がいいのではないでしょうか。常識的な人は、話半分、画像半分でネットを見ていて、ある程度は割り引いて予想しますから、実物を見たときに意外にマシだと思わせる方がいい気がします。人のフリ見て我がフリ直せ、私の会社のホームページも直した方がいいかと思いました。
さて、館内は思ったより広く、3階まであって私の部屋は3階。階段が急でちょっとしんどい。それに途中にパントリーやら準備室やら物置やらが散在していてしかも丸見えなので、旅館は普段の生活から離れた非日常を演出してくれるものという私の期待はもろくも崩れ去りました。まるで、大きな家に住んでいる親戚のところに泊まりに来たみたいで、果たして客扱いされるのか、不安になってしまいます。
70歳を超えていると思われるフロントのおばあちゃんはスタスタと先導して、部屋に着くやいなや、矢継ぎ早に説明。私はまだそれについていけましたが、もう少し年配の客はほとんど憶えられないのではないでしょうか。客のペースよりも自分のペース。他人のペースに合わせるのはエネルギーが要ることなので、あまり高齢の人は接客に向かないかもしれません。
代わって、お茶を持ってきてくれた仲居さん。50代くらいか。夕食と朝食の時間を聞かれたので、午後6時と午前8時に決定。宿帳のための帳票を持参していて、ご記入くださいと。名前や住所を書きながら多少質問。ま、普通に答えてくれたので、用意しておいた2,000円入りの小さな封筒を「少しですが、よろしくお願いします」と言って渡しました。すると、
「何もできませんが、有り難く頂戴いたします」
うーん、少し違う気がします。この言い方だと、「チップをもらっても特別なことは何もできませんし、しませんよ、それはわかってくださいね、でもせっかく出していただいたからもらうものはもらいますね」という意味に聞こえてしまいます。まるで私が便宜を図ってもらうために賄賂を渡したみたいです。私は越後屋じゃないし、仲居さんだって悪代官じゃありません。もし私が仲居さんだったらこう言います。
「有り難く頂戴いたします。精一杯努めさせていただきます。今日はどうぞごゆっくりおくつろぎくださいませ」
ま、いいでしょう。とりあえずお風呂に入りますか。なんせ温泉に来たのだから、何と言ってもお風呂でしょう。なんでも、お風呂は一階と二階にひとつずつあって、午後7時に男湯と女湯が入れ替わるとか。青い暖簾が男湯で、赤い暖簾が女湯。OK。要するに青い暖簾のお風呂に入ればいいということです。この時間は二階のお風呂が青い暖簾でした。いつでも入れると言っていた割りに明かりがついていないのは何故でしょう? 仕方なく自分でスイッチを入れて入りました。うーん、やっぱりネットの画像とはかなりの落差があります。これもやむを得ないか。ま、広くはないけれども他に客がおらず、貸切状態でゆっくり30分ほど浸かりました。あまり特徴のないお湯ですが、やはり新しいお湯がどんどん流れ込んでくる大きな浴槽は気持ちがよろしい。
上がった後に、マッサージを頼もうと思いましたが、以前、あまり坐骨神経痛のことをご存じないマッサージ師から、痛い箇所を思い切り押されて動けなくなったことを思い出して、やめました。お茶を飲みながらゆっくりしていると、先ほどの仲居さんが「夕刊です、よろしければどうぞ」と持ってきてくれました。5時過ぎに雨が激しく降り始めました。
夕食が運ばれる10分前に、再び仕事の電話が入りました。今度は簡単ではなく、以前のクレームのぶり返し。直接お客様に電話して謝罪しているところへ、夕食が運ばれてきました。最悪のタイミング。なんとかご納得いただいて、その後の指示の電話を会社へ。これ以上電話してこないように、お願いするのも忘れません。頼むよ、本当に。
生ビールと黒龍の九頭竜の燗酒を注文しました。生ビールはちょっと変な味。サーバーの洗浄が不足しているのかもしれません。黒龍は最高でした。食前酒に梅酒がお猪口に一杯ついていて、料理は刺身が平目と鯛とイカとマグロのトロと赤身。焼き物が鯵と栗と海老。お椀が鱧と松茸と三つ葉の椀。鮑の肝ソースは柔らかくて、肝もおいしい。やや濃い目の味付けのソースをフランスパンにつけて食べます。なぜか燗酒によく合う。ウニを乗せた甘鯛の蕪蒸しは対照的に味付けが弱く、次のメバルの煮付けは煮すぎて硬くてしょっぱい。紙鍋はハマグリと白菜と豆腐とホタテと魚。おいしいのはおいしいが、あまり特徴がない。和牛のステーキはしょっぱいし、焼きすぎ。やや古くなった肉の臭いがしていたので、だからよく焼いて濃いソースにしたのかもしれません。止め鉢は酢の物。松茸ご飯と赤だし、たくあん、胡瓜の糠漬け、紫葉漬が出て、最後に柚子のシャーベットとお茶が出て8時過ぎに夕食終了。黒龍を6合も飲みました。
会社に電話して、先ほどの指示を確認しているときに仲居さんが布団を敷きに来ました。少し早い気もしました。食べたらすぐ寝ろと? 時刻は8時20分。そうか、そりゃそうだよね、仲居さんたちは朝の6時くらいから働きはじめるわけだから、もう仕事を終える時間だわ。いちゃもん的な発想を反省します。布団の反対側から枕に頭を乗せてウトウトし、そのまま3時間ほど眠ってしまいました。夜11時半に起きてお茶をガブガブ飲むと今度は眠れなくなり、結局朝の5時過ぎにようやく寝付き、6時45分に目覚めました。1時間半ほどの睡眠ですが、その前に3時間寝ているので合計4時間半。多くはありませんが、十分です。起きてすぐにお風呂に行きました。昨晩と違って一階のお風呂に青い暖簾が掛かっています。またしても自分で明かりのスイッチを入れます。やはり貸切状態で30分。出たところに他の客が来ました。旅館ではじめて他の客の姿を見ました。「おはようございます」と声を掛けても返事がないので、顔を見上げると、外人さんでした。一瞬、英語で挨拶しようかなと思いましたが、なんとなくピエロの日本人を演じることになる気がしたのでやめました。
風呂から戻ってきたところに仲居さんがお茶と梅干、それに朝刊を持ってきてくれました。朝食はよくあるような焼き海苔や納豆などの通り一遍ではなく、茶碗蒸しとガンモの煮付け、鯵の干物、キノコの和え物と板わさ、それに漬物と、ちゃんとしていました。板わさがかまぼこにわさびを添えたものではなくて、ちゃんとわさび漬けが添えられていておいしかった。食後に仲居さんがコーヒーを持ってきてくれました。お膳を片付けた後、仲居さんが戻ってきて、挨拶をしてくれました。心付けを渡したときの言葉に反して、この仲居さんはよくやってくれたと思います。「よくしてくれて、本当にありがとう」と言いました。
会計は35,710円。1泊2食としてはかなりの値段です。本当に贅沢でした。外へ出ると曇り空でしたが、雨は降りそうにありません。傘を持ってきたのはまったくの無駄になりました。旅館の隣のひもの屋で鯵とえぼだいのひもの、わさび漬けを買い、向かいの店で温泉まんじゅうを買ってバスで駅へ。温泉まんじゅうのお店ではたった1,470円の買い物に、お茶を出してくれました。見習いたいところです。駅に着くと鈴廣のかまぼこという看板があって、それを見て朝食の板わさを思い出しました。わさび漬けは買いましたから、あとはかまぼこということで、紅白の2本セットを買いました。
駅に戻ってホームに出たら、ちょうど9時29分発の特急リゾート踊り子号なる黒塗りの立派な電車が到着しました。中はかなり豪華な造りで乗れるものなら乗ってみたいと思いました。駅入り口の表示では全席指定となっていたので、乗れるのかどうか乗務員に聞こうと立ち上がったら、その前に女性2名が乗務員に話しかけています。私と同じ考えで、乗れるのかどうかを聞いたようです。それに対して乗務員が、ただ東京に戻るだけなら普通列車のほうがいいですよ、と言っていました。ああそうですかと、女性2名はホームのベンチに戻りました。それを見て私もよく事情がわからないまま、乗るのを断念して9時50分発の各駅停車を待つことにしました。
行きと同じく進行方向右側の席へ。ただし方向が反対ですから山の方を眺めることに。早川の駅に止まったところで、白い大きな仏像が見えました。ナントカ観音でしょうか? ネットで調べると東善院の魚籃観音とのこと。観音様というのは釈迦の修行時代の呼称で、それがさまざまに姿を変えてナントカ観音とかナントカ菩薩とか観音菩薩とか観自在菩薩とか、体系的に勉強しないとわけがわからないほど多種多様に伝えられています。それにしても白くて大きくてふくよかで立派な像なので、次に東海道線を旅することがあったら、寄って見ることにします。そのときは是非あの真っ黒の豪華な電車、リゾート踊り子号で行きたいと思います。
平塚あたりに来ると、山ははるか遠くになり、関東平野という感じ。横浜に近づくにつれて電車はどんどん混んできてほぼ満員状態。お土産と荷物を抱えて東横線に乗り換え。川を渡ると東京都です。戻ってきました。明日は菊花賞です。