創作日記&作品集

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「わたしなりの枕草子」#307

2012-02-05 08:31:05 | 読書
【本文】
関白殿、二月二十一日に⑤
 さて、八九日のほどにまかづるを、
「今少し近うなりてを」
など、仰せらるれど、出でぬ。
 いみじう、常よりものどかに照りたる昼つ方、
「『花の心開(ひら)け』ざるや。いかに、いかに」とのたまはせたれば、
「『秋』はまだしく侍れど、『夜(よ)に九(ここの)度(たび)のぼる』心地なむ、し侍る」
と聞こえさせつ。
 出でさせ給ひし夜、車の次第もなく、「先(ま)づ、先(ま)づ」と、乗り騒ぐがにくければ、さるべき人と、
「なほ、この車に乗るさまのいとさわがしう、祭の還へさなどのやうに、倒れぬべくまどふさまの、いと見苦しきに」
「ただ、さばれ。乗るべき車なくてえ参らずは、おのづからきこしめしつけて賜はせもしてむ」
など、言ひあはせて、立てる前より、押し凝りてまどひ出でて、乗りはてて、
「かう期(ご)」
といふに、
「まだし。ここに」
といふめれば、宮司(みやづかさ)寄り来て、
「誰々おはするぞ」
と、問ひ訊きて、
「いとあやしかりけることかな。『今はみな乗り給ひぬらむ』とこそ、思ひつれ。こは、など、かう遅れさせ給へる。今は、得(とく)選(せん)乗せむとしつるに。めづらかなりや」
などおどろきて、寄せさすれど、
「さば、先(ま)づ、その御心ざしあらむをこそ、乗せ給はめ。次にこそ」
といふ声を聞きて、
「けしからず、腹ぎたなくおはしましけり」などいへば、乗りぬ。その次には、まことに御厨子(みづし)が車にぞありければ、火もいと暗きを、笑ひて、二条の宮に参り着きたり。

【読書ノート】
 近うなりて=(供養当日)。
『花の心開(ひら)け』=「白楽天詩集」の第六句を引いて帰参を促している。
『秋』=同じく「白楽天詩集」の第四句を引いて返事をする。
 出でさせ給ひし夜=二月六日頃内裏から二上の新邸においでになった夜を回想。突然時間を遡ります。次第もなく=(車の)順番を守るでなく。「先(ま)づ、先(ま)づ」=われ先に。さるべき人=適当な。祭の還へ=二百五段参照。
 さばれ=どうとでもなれ。ままよ。おのづからきこしめしつけて=自然とお耳に達して。賜はせ=(車を)。
 乗りはてて=乗り終わったので。
「かう期(ご)」=これでおしまいですか。
 宮司(みやづかさ)=配車係の役人。
 得(とく)選(せん)=下級女官。めづらか=珍か。珍しい。
「さば~」=古参の右(うえ)衛(も)門(ん)(前出のさるべき人)の科白。
 御厨子(みづし) (御厨子所に仕える女官)=(得(とく)選(せん)の)。