創作日記&作品集

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「わたしなりの枕草子」#309

2012-02-07 07:16:20 | 読書
【本文】
関白殿、二月二十一日に⑦
「御経のことにて、明日わたらせ給はむ」
とて、今夜(こよひ)参りたり。
 南の院の北面にさしのぞきたれば、高杯どもに火をともして、二(ふた)人(り)、三人(みたり)、三(さん)、四(よ)人(にん)、さべきどち、屏風引き隔てたるもあり、几帳など隔てなどもしたり。また、さもあらで、集まりゐて、衣ども綴(と)ぢ重ね、裳(も)の腰さし、化粧するさまは、さらにも言はず、髪などいふもの、明日よりのちは、ありがたげに見ゆ。「寅の時になむ、わたらせ給ふべかなる。などか、今まで参り給はざりつる。扇持たせて、求め聞こゆる人ありつ」
と告ぐ。
 さて、「まことに寅の時か」と、装束きたちてあるに、明けはて、日もさし出でぬ。
「西の対の唐(から)廂(ひさし)にさし寄せてなむ、乗るべきとて、渡殿へある限り行くほど、まだうひうひしきほどなる新参(いままゐり)などはつつましげなるに、西の対に殿の住ませ給へば、宮も、そこにおはしまして、「先(ま)づ、女房ども車に乗せ給ふを御覧ず」とて、御(み)簾(す)のうちに、宮・淑(し)景(げい)舎(き)、三、四の君、殿の上・その御妹(おんおとと)三(み)所(ところ)、立ち並みおはしまさふ。
 車の左右に、大納言殿・三位の中将、二(ふた)所(ところ)して簾(すだれ)うち上げ、下簾引き開けて、乗せ給ふ。うち群れてだにあらば、少し隠れどころもやあらむ、四人づつ、書(かき)立(たて)にしたがひて、「それ」
「それ」
と呼び立てて、乗せ給ふに、歩み出づる心地ぞ、まことにあさましう、「顕(け)証(そう)なり」といふも、世の常なり。
 御簾のうちに、そこらの御目どもの中に、宮の御前の「見苦し」と御覧ぜむばかり、さらに侘びしきことなし。汗のあゆれば、つくろひ立てたる髪なども、「みなあがりやしたらむ」とおぼゆ。からうじて過ぎ行きたれば、車のもとに、恥づかしげに清げなる御さまどもして、うち笑みて見給ふも、現(うつつ)ならず。されど、倒れで、そこまでは行きつきぬるこそ、かしこきか、面(おも)なきか、思ひ辿らるれ。

【読書ノート】
 わたらせ給ふ=(中宮様が)積善寺へ行啓される。今夜(こよひ)=前夜。
 高杯どもに=いくつもの高杯に。「ども」複数であることを示す。さべきどち=さるべき仲間。以下準備に忙しい女房達の姿である。
髪などいふもの、明日よりのちは、ありがたげに見ゆ=「いふ」は「結ふ」の誤写か。なくなってしまいでもしそうに(一生懸命に手入れ)をしている。→萩谷朴校注。不詳です。
 寅の時=寅の刻は午前3時~5時。正寅の刻として午前四時。べかなる=はずだそうです。扇持たせて、求め聞こゆる人ありつ=(注文の)扇を(使いの者に)もたせて、お探しなっている人があった。
 告ぐ=(私に)。
 ある限り=女房がみんな。つつましげ=気おくれするようす。宮(定子当年十八才)・淑(し)景(げい)舎(き)(中の宮)、三、四の君(御匣(みくしげどの)殿(どの))
、殿の上(貴子)・御妹(おんおとと)三(み)所(ところ)(定子の乳母→九十段、二百二十三段)=清少納言はこの時淑(し)景(げい)舎(き)の後ろ姿を見たと答えた(九十九段)。→萩谷朴校注。
 大納言殿=伊周。三位の中将=隆家(伊周の弟)。華麗なる一族の総出演。
 下簾=牛車 の簾の内側に掛ける絹のとばり。長さ 三Mほど。二筋を並べ掛け,簾の下から外へ長く出して垂らす。→大辞林。
 書(かき)立(たて)=順番を記した書き付け。
 顕(け)証(そう)=あらわである。世の常なり=言い足りない。
 さらに侘びしきこと=それ以上に辛いこと。あゆ=吹き出る。つくろひ立てたる=きれいに整えた。あがり=逆立つ。面(おも)なき=図々しい。思ひ辿らるれ=あれこれ思われることだ。