創作日記&作品集

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「わたしなりの枕草子」#312

2012-02-10 09:02:46 | 読書
【本文】
関白殿、二月二十一日に⑩
 参りたれば、はじめ下りける人、物見えぬべき端に八人ばかりゐにけり。一尺余、二尺ばかりの長(な)押(げし)の上におはします。
「ここに、立ち隠して率て参りたり」
と申し給へば、
「いづら」
とて、御几帳のこなたに出でさせ給へり。まだ、御裳・唐の御衣奉りながらおはしますぞ、いみじき。紅の御衣ども、よろしからむやは。中に、唐綾の柳の御衣、葡萄(えび)染(ぞめ)の五(いつ)重(へ)がさねの織物に赤色の唐の御衣・地摺の唐の薄物に、象(ざう)眼(がん)重ねたる御裳(おんも)など奉りて、ものの色などは、さらに、なべてのに似るべきやうもなし。
「我をばいかが見る」
と仰せらる。
「いみじうなむ候ひつる」
なども、言(こと)に出でては世の常にのみこそ。「久しうやありつる。それは大(たい)夫(ぶ)の、院の御供に着て、人に見えぬる、同じ下襲ながらあらば、『人、「わろし」と思ひなむ』とて、こと下襲縫はせ給ひけるほどに、遅きなりけり。いと好き給へり」
とて笑はせ給ふ。いとあきらかに、晴れたる所は、今少しぞ、けざやかにめでたき。御額あげさせ給へりける御釵子(さいし)に、分け目の御髪のいささか寄りて、しるく見えさせ給ふさへぞ、聞こえむ方なき。

【読書ノート】
 物見えぬべき端に=見物できそうな前の方に。長(な)押(げし)の上に=(高さの)。
 ここに=私(伊周)が。立ち隠して=目隠しになって。
 いづら=どうした。
 よろし=並。並であるはずがあろうか(ない)。なべての=一般の人。
 久しうやありつる=随分待ったかしら。  大(たい)夫(ぶ)=道長。同じ下襲ながらあらば=同じ下襲のままで(私=中宮に)供(ぐ)奉(ぶ)したら。こと=別の。好き給へり=おしゃれでいらっしゃる。
 道長の意外な面を見る思いです。この時道長二十九才。
 あきらかに=明るくて。晴れたる所は=晴れがましい場所柄。今少しぞ=普段より。けざやかに=くっきりと。釵子(さいし)=簪(かんざし)。しるく=はっきりと。聞こえむ方なき=申し上げようもなく(美しい)。