創作日記&作品集

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「わたしなりの枕草子」#314

2012-02-12 07:31:11 | 読書
【本文】
関白殿、二月二十一日に⑫
 入らせ給ひて、見奉らせ給ふに、みな、御裳(も)・御唐(から)衣(ぎぬ)、御匣(みくしげ)殿(どの)までに、着給へり。殿の上は、裳の上に小袿(こうちぎ)をぞ着給へる。
「絵にかいたるやうなる御さまどもかな。今一(ひと)前(まへ)は、今日は、人々しかめるは」
と申し給ふ。
「三位の君、宮の御裳脱がせ給へ。この中の主君(すくん)には、わが君こそおはしませ。御桟敷の前に陣屋据ゑさせ給へる、おぼろげのことかは」
とてうち泣かせ給ふ。「げに」と見えて、みな人涙ぐましきに、赤色に桜の五重の衣を御覧じて、
「法服の一つ足らざりつるを、にはかにまどひしつるに、これをこそ返り申すべかりけれ。さらずは、もしまた、さやうの物を取り占められたるか」
とのたまはするに、大納言殿、少ししぞきてゐ給へるが、聞き給ひて、
「清(せい)僧都のにやあらむ」
とのたまふ。一言(ひとこと)として、めでたからぬことぞなきや。
 僧都の君、赤色の薄物の御(ころも)衣、紫の御袈(け)裟(さ)、いと薄き淡色(うすいろ)の御衣(おんぞ)ども、指貫(さしぬき)など着給ひて、頭(かしら)つきの青くうつくしげに、地蔵(ぢざう)菩薩(ぼさつ)のやうにて、女房にまじり歩き給ふも、いとをかし。
「僧(そう)綱(がう)の中に、威儀具足してもおはしまさで、見苦しう、女房の中に」
など、笑ふ。
 大納言の御桟敷より、松(まつ)君(ぎみ)率(ゐ)て奉る。葡萄(えび)染(ぞめ)の織物の直衣(なほし)、濃き綾の打ちたる、紅梅の織物など着給へり。御供に、例の四位、五位、いと多かり。御桟敷にて、女房の中にいだき入れ奉るに、何ごとのあやまりにか、泣きののしり給ふさへ、いとはえばえし。
 
【読書ノート】
 入らせ給ひて=(殿が中宮の御桟敷に)。御裳(も)・御唐(から)衣(ぎぬ)=第一礼装。小袿(こうちぎ)=唐(から)衣(ぎぬ)の代わりに小袿(こうちぎ)を用いるのは略式の礼装。
 一(ひと)前(まへ)=貴子(きし)を差す。お一方。人々しかめるは=(初老の貴子も)女らしく見える。
 三位の君=貴子。他人行儀に呼んだ。おぼろげのこと=並一通りのことだろうか。
 中宮は女院(詮子)に対する礼から裳(臣下としての礼装上つけるもの)を着けているが、この一族のみの場では主人であるのだから、「宮の御裳脱がせ給へ」の発言になった。また、貴子が小袿(こうちぎ)を用いるのは生母である気安さかかもしれないが主従の範に反する。
 赤色に桜の五重の衣=作者の服装。
 道は作者を出しに、シリアスな展開から、さっと冗談に転じる。このあたりは見事です。
 にはかに=急のことで。これ=そなたが着ているのを。べかりけれ=……のはずであった。
「清(せい)僧都のにやあらむ」=清少納言の「清」をかけて「清僧都=清少納言」のですよと、助け船を出した。
 僧都の君=円。伊周らの弟。→時に十五才。(八十八段初出)。女房=女性の部屋。
 僧(そう)綱(がう)=僧官。
 威儀=作法にかなった立居振舞い。具足=十分に備わっていること。
 松(まつ)君(ぎみ)=伊周のの長子。当時三才。→九十九段初出。例の=いつものように。はえばえし=輝いて見える。