創作日記&作品集

作品集は左のブックマークから入って下さい。日記には小説、俳句、映画、舞台、読書、など…。そして、枕草子。

「わたしなりの枕草子」#313

2012-02-11 08:17:23 | 読書
【本文】
関白殿、二月二十一日に⑪
 三尺の御几帳(みきちやう)一双(ひとよろひ)をさし違へて、こなたの隔てにはして、その後ろに畳一枚(ひとひら)を長ざまに端(はし)をはしにして、長(な)押(げし)の上に敷きて、中納言の君といふは、殿の御叔父の右兵衛(うひやうゑの)督(かみ)忠君(ただきみ)と聞こえけるが御女(むすめ)、宰相の君は、富の小路の右大臣(みぎのおとど)の御孫、それ二人ぞ、上にゐて、見給ふ。御覧じわたして、
「宰相はあなたに行きて、人どものゐたるところにて見よ」
と仰せらるるに、心得て、
「ここにて、三人はいとよく見侍りぬべし」と申し給へば、
「さば、入れ」
とて召し上ぐるを、下にゐたる人々は、
「殿上ゆるさるる内舎人(うどねり)なめり」
と笑へど、
「こは、童(わらは)選(せん)と思ひ給ひつるか」
と言へば、
「馬副(むまさへ)のほどこそ」
など言へど、そこに上(のぼ)りゐて見るは、いと面だたし。
 かかることなどぞ、みづからいふは、吹き語りなどにもあり、また、君の御為にも軽々しう、「かばかりの人をさおぼしけむ」など、おのづからも物知り、世の中もどきなどする人は、あいなうぞ、畏(かしこ)き御事にかかりて、かたじけなけれど、あることはまた、いかがは。まことに、身のほどに過ぎたることどももありぬべし。
 女院の御桟敷、所々の御桟敷ども見渡したる、めでたし。
 殿の御前、このおはします御前より、院の御桟敷に参り給ひて、しばしありて、ここに参らせ給へり。大(だい)納(な)言(ごん)二(ふた)所(ところ)、三位の中将は陣に仕り給へるままに、調度(でうど)帯びて、いとつきづきしう、をかしうておはす。殿上人、四位・五位こちたくうち連れ、御供に候ひて、並みゐたり。

【読書ノート】
 御几帳(みきちやう)一双(ひとよろひ)=二つを。さし違へて互い違いに置いて。こなたの隔てにはして=女房達の座との仕切りにして置いた。長ざまに=横長に。端(はし)をはしにして=畳の縁(へり)を下長押の縁に添えて。
 人ども=女房達の。さば=鯖? 冗談です。それでは。召し上ぐる=(私を)。下にゐたる人々は=下段に座っている女房達。内舎人(うどねり)=律令制で、中(なか)務(つかさ)省に属する官。名家の子弟を選び、天皇の雑役や警衛に当たる。平安時代には低い家柄から出た。→広辞苑六版。
 童(わらは)選(せん)=童(わら)殿(てん)上(じよう)。宮中の作法を見習うため、名家の子供が殿上に仕えたこと。
 童殿上の内舎人(うどねり)と切り返した。
 馬副(むまさへ)=公卿の乗馬に付き添う従者。
 面だたし=晴れがましい。
 吹き語り=自慢話。おのづからも物知り=自らも見聞が広く。世の中もどき=世間の批判をする。あいなうぞ=「あいなうおぼゆるぞ」の略。畏(かしこ)き御事=畏れ多いお方に。中宮と明記する訳もあります。いかがは=(記さざらむ)。
「かかることなど」から「ありぬべし」までは、執筆時点からの反省であって、「かばかりの人をさおぼしけむ」という謙遜の語調に、皇后崩御の後にも、遡って定子のご人格に批判の目が向けられることを怖れた作者の周到な心遣いが現れている。→萩谷朴校注。
 所々の=高貴な方々の。
 御前より=(通って)。
 調度(でうど)=弓矢。御供に候ひて=(関白様の)。
並みゐたり=並んで座っている。