創作日記&作品集

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「わたしなりの枕草子」#329

2012-02-27 09:48:15 | 読書
【本文】
二百七十四段
 成信の中将は①
 成信(なりのぶ)の中将は、入道(にうだう)兵部(ひやぶ)卿(きやう)宮(のみや)の御(み)子(こ)にて、容貌(かたち)いとをかしげに、心ばへもをかしうおはす。
 伊(い)予(よの)守(かみ)兼(かね)資(すけ)が女(むすめ)忘れで、親の、伊予へ率(ゐ)てくだりしほど、「いかにあはれなりけむ」とこそおぼえしか。「暁に行く」とて、今夜(こよひ)おはして、有明の月に帰り給ひけむ直衣姿などよ。
 その君、常にゐて物言ひ、人の上など、わるきは、「わるし」などのたまひしに……。
 物忌奇(くす)しう、鶴・亀などにたてて、食(くふ)う物まづかい欠けなどする物の名を、姓(さう)にて持たる人のあるが、こと人の子になりて、「平(たひら)」などいへど、ただ、その旧(もと)の姓(さう)を、若き人々、言種(ことぐさ)にて笑ふ。ありさまも殊なる事もなし、をかしき方なども遠きが、さすがに人にさしまじり、心などのあるを、
「御(お)前(まえ)わたりも、見苦し」
など仰せらるれど、腹汚なきにや、告ぐる人もなし。
 一条の院に作らせ給ひたる一間の所には、憎き人はさらに寄せず。東(ひむがし)の御門(みかど)につと向かひて、いとをかしき小廂に、式部のおもとと諸共に、夜も昼もあれば、主上(うへ)も常にもの御覧じに入らせ給ふ。
「今宵は内に寝なむ」
とて、南の廂に二人臥しぬるのちに、いみじう呼ぶ人のあるを、
「うるさし」
など、言ひ合はせて、寝たるやうにてあれば、なほいみじう、かしがましう呼ぶを、
「それ起こせ。空寝ならむ」
と仰せられければ、この兵部(ひやうぶ)来て起こせど、いみじう寝入りたるさまなれば、
「さらに起き給はざめり」
といひに行きたるに、やがてゐつきて、物言ふなり。「しばしか」と思ふに、夜いたうふけぬ。
「権中将にこそあなれ。こは、何事を、かくゐては言ふぞ」
とて、みそかに、ただいみじう笑ふも、いかでかは知らむ。暁まで言ひ明かして、帰る。また、
「この君、いとゆゆしかりけり。さらに、寄りおはせむに、物言はじ。何事をさは言ひ明かすぞ」
など言ひ笑ふに、遣(やり)戸(ど)開けて、女は入り来(き)ぬ。

【読書ノート】
 成信の中将=九段に出てきました。「定澄僧都に袿(うちぎ)なし、すくせ君に袙(あこめ)なし」の方です。また、耳も良かった。→二五六段。
 あはれ=悲しい。「暁に行く」=娘が暁に伊予に出発するというので。今夜(こよひ)=夜が明けた時点から見れば昨夜。
 常にゐて=①私の局。→萩谷朴校注。②中宮の御座所=枕草子・小学館。場所によって、「御(お)前(まえ)わたりも、見苦し」の主語が違ってきます。①なら成信。②なら中宮の可能性が高い。萩谷先生は中宮の言葉としては不自然とされています。また、「「おはす」+尊敬の助動詞「らる」を用いた最高敬語が、権中将であった成信に用いられるのは不自然」という意見もあるようです。「見苦し」を中宮の言葉として、からかう女房をたしなめた。→枕草子・小学館。
 物忌奇(くす)しう=妙に縁起をかついで。鶴・亀などにたてて、食(くふ)う物まづかい欠けなどする物の名を=不詳。縁起担ぎを指す変わった名前の女房で。言種(ことぐさ)=話の種。殊なる=格別の。さすがに=それでもやはり。心などのあるを=その気でいるのを。
 呼ぶ人=成信(なりのぶ)の中将。二人が小廂にいると思って。
「うるさし」=煩わしい。面倒。
「それ起こせ。空寝ならむ」=主語は中宮。
 兵部(ひやうぶ)=例の女房。
 いひに行きたるに=呼ぶ人(成信(なりのぶ)の中将)の元に。
 いかでかは知らむ=(二人は)。
 ゆゆし=良いにつけ悪いにつけ程度が甚だしい。文脈から、とんでもない。変な人。さらに=絶対。女=兵部(ひやうぶ)。