創作日記&作品集

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「わたしなりの枕草子」#308

2012-02-06 07:53:26 | 読書
【本文】
関白殿、二月二十一日に⑥
 御(み)輿(こし)は疾く入らせ給ひて、しつらひゐさせ給ひにけり。
「ここに呼べ」
と仰せられければ、
「いづら」
「いづら」
と右京・小左近などいふ若き人々待ちて、参る人ごとに見れど、なかりけり。
 下るるにしたがひて、四人づつ、御前に参りつどひて候ふに、
「あやし。なきか。いかなるぞ」
と仰せられけるも知らず、ある限り下りはててぞ、からうじて見つけられて、
「さばかり仰せらるるに、遅くは」
とて、ひきゐて参るに、見れば、「いつの間に、かう年来(としごろ)の御すまひのやうに、おはしましつきたるにか」と、をかし。
「いかなれば、かう『亡きか』とたづぬばかりまでは、見えざりつる」
と仰せらるるに、ともかくも申さねば、もろともに乗りたる人、
「いとわりなしや。最果(さいはち)の車に乗りて侍らむ人は、いかでか、疾くは参り侍らむ。これも、、御厨子(みづし)がいとほしがりて、譲りて侍るなり。暗かりつるこそわびしかりつれ」
と詫ぶ詫ぶ啓するに、
「行事する者の、いと悪しきなり。また、などかは。心知らざらむ人こそはつつまめ、右衛門など言はむかし」
と仰せらる。
「されど、いかでかは、走り先(さいだ)立(たて)ち侍らむ」などいふ。片への人、「にくし」と聞くらむかし。
「さま悪しうて、高う乗りたりとも、かしこかるべきことかは。定めたらむさまの、やむごとなからむこそよからめ」
と、ものしげに思しめしたり。
「下り侍るほどの、いと待ち遠に苦しければにや」
とぞ申しなほす。

【読書ノート】
 疾く=「早く」と「すでに。とっくに」。ここは後者です。しつらひゐさせ給ひにけり=(御座所の設けも)整えて座っておいでである。
 なかりけり=(私は)いなかった。
 下るるにしたがひて=(車から)下りた順番に。
 ある限り=全部。見つけられて=(若き人々)に見つかって。
 ひきゐて=引っ立てられて。年来(としごろ)=長年。
『亡きか』=死んだのか。
 ともかくも申さねば=何にも言わないので。
 これも=これでも。乗ってきた車も。
 詫ぶ詫ぶ=困り果てて。
 行事する者=係の役人。心知らざらむ人=事情の分からないもの。清少納言。つつまめ=遠慮もしよう。
 走り先(さいだ)立(たて)ち侍らむ=「我勝ちに車に乗った女房」を暗にさしているのか。片への人=(耳の痛い)はたの女房たち。
 高う乗りたり=(身分違いの早い車)。定めたらむさまの=規定通り。やむごとなからむ=格別なのが。ものしげに=不愉快そうな。
「下り侍るほどの、~=車から降りる時。右(うえ)衛(も)門(ん)が中宮からお咎めを受けた女房達をとりなした。
 非公式であったので、車に乗る順番は必ずしも決まっていなかったらしい。そこから混乱が起こった。→枕草子・小学館。