ロッキングチェアに揺られて

再発乳がんとともに、心穏やかに潔く、精一杯生きる

2023.12.29 実家断捨離で顎を出す

2023-12-29 23:54:06 | 日記

 昨夜はブログアップ後、入浴してベッドに入ったもののついつい読みかけの本を読んでしまい、電気を消したのは2時・・・。

 今朝はいつも通りにスマホアラームが鳴り、もう朝ドラはないんだったとお手洗いから戻って二度寝。早く起きて洗濯を、のつもりがなんのことはないただの寝坊助になってしまった。
 夫が途中まで用意してくれた朝食の支度をバトンタッチして食卓を整え、ニット等おしゃれ着洗いで1回洗濯機を廻す。
 今朝もミヤBM、タケプロンに加えて咳止めとしてコデインを飲む。少し咳が抑えられているだろうか。外はいいお天気だ。昨日よりは気温が随分上がるという。

 洗濯物を干した後は、溜まった日記を書く。
 夫は今日は力仕事だし、と一人でサーロインステーキを焼いて昼食をしっかり摂っている。私はなんとなく空腹を感じず、フィナンシェとみかんを昼食代わりにする。

 洗濯物を早めに取り込み、実家に向かう。今日は夕食も母と一緒に摂り、帰りはタクシーの予定なので、長丁場である。
 JRの2回の電車乗継が良く、ドアツードアで1時間ちょっとで実家に到着した。外はポカポカと暖かい。コートの前を開けていても寒くない。
 頑張っている、ということなので少し期待をしていくが、やはりそうは問屋が卸さなかった。

 家に入り、とっちらかっている部屋を見ながら、私がついついお小言を言い出すと、「具合が悪いからあまり言わないで・・・」、「眠れなくて・・・」といきなり言い訳が出る。ならば座って休んでいてよいから、とどんどん断捨離スタート。ところが、前回捨てるという分類にしていた袋のものが引っ越し用の段ボールに入れてある。???どういうことか。

 今日は仏壇が置いてある6畳和室の押し入れの下段にある、開かずの箱からひとまず中身を全部出す。殆ど使った形跡のないタオルやらシーツやらがどんどん出てくる。次いで、天袋からは大きなプラスチックケースが3つ、全てタオルやらシーツやらがギッチリパンパン。到底母が持ち上げられる代物ではないから、父が元気な時に上げてそのままの物だ。ということはどう考えても少なくとも10年はそのまま、のものである。

 ところが、いざ出してみると、使っていないし、これから自分が使うとも思えないのに、捨てたくないのである。誰それさんにあげる、とかなんとか。
 私も自分が衣装持ちであることは重々承知していたが、母はその更に上をいった。まあ60年近くほぼ何も捨ててこなかったのだから当然か。70年前の洋裁学校の卒業制作のスカートは前回捨てる、と言ったのに、また持っていくモノに分けていた。

 今回下着や靴下などは今着ている古いものは全て処分し、買いだめした新しいモノを持っていくということにして段ボールに詰めたが、これから生きている限り毎日取り換えても着る事が出来ないであろう位の量が押し寄せてきて、処分しながら気分が悪くなった。一体どうしたかったのか。

 箪笥5段全てに下着や靴下がぎっしり詰まっている。私が何年も前に贈ったパジャマやら何やらも、そのまま箱か袋に入れたまま。1985年の誕生日プレゼントにしたエプロンも、箱に入ってタグが付いたまま。大切にしていたというけれど、全く使ってもらえないで忘れ去られていたとなると、モノにとってこれはとても失礼な話である。
 それでも、新しい家に行ったら着るとか使うから処分はしないというばかり。

 モノのない時代に育って勿体ない世代、モノに溢れていることこそ幸せで裕福という価値観を覆すことはもはや無理だろうと思うが、母はバツの悪そうな笑みをたたえて呆然と突っ立っているだけ。
 夫に、出来上がったごみ袋をどんどんガレージに持って行ってもらう。家の中に置いておいたら、またそこから生き返らせてしまうことが目に見えている。どう考えても持っていけない量であるが、それがまだピンと来ていないらしい。

 とにかく心を鬼にして、どんどんごみ袋に入れていく。それにしても何の脈絡もなく、とりあえず置いておいたモノがあちこちにひたすら堆積している。整頓されていないから、何がどこに入っているのか、本人も全く分かっていない。いつも探し物をしている。どれだけ暮らしづらかったことか。探しても見つからないから、結局その辺にあるものだけで間に合わせてきたようだ。今回「これを探していた」等と言うが、こんなに溜め込んでいては当然見つからないだろう、とため息が出る。
 とにかく、入れる場所が沢山あるので、それだけの量のものが溢れて目障りとなったりせず、一見綺麗に片付いているように見えていたのが何とも始末が悪い。一軒屋、恐るべし、である。

 大きなビニール袋や指定のごみ袋も殆ど買い置きがないので夫がドラッグストアに走ってくれる。マジックはあっても書けないモノばかりだ。結局夫は2往復する羽目になった。申し訳ない。
 あれこれ無造作に積み上げている刺繍道具や洋裁道具等も、もう要らないというなら少しずつでも捨てておいてくれればよいのに、やり出したらすぐ嫌になって放置だったようだ。まあ、期待した私がお馬鹿だということか。

 実家到着からノンストップ飲まず食わずで断捨離すること5時間半、ぐったりして3人で予約した鰻屋さんに夕食を摂りに出た。さすがに遅い時間だし、待たずに入ることが出来た(予約していても待って頂くことがあります、と言われていたのだ)。
 夫はワインも飲んでご機嫌に。昼はステーキ、夜は鰻、スタミナが出る筈である。

 1時間ほどで帰宅し、もうひと踏ん張り断捨離すること1時間ほど。衣類を段ボールに詰め、不燃ごみ、可燃ごみ、プラごみ(隣の市なのに大分分別方法が違うし、袋の色も違うので混乱する)に分けてきた。
 さすがに目がしょぼしょぼするし、顎が出て咳も出てくる。
 夫の力を借りて天袋等を空にして、衣装ケースやハンガーラック等もとりあえず全部出して処分した。衣類だけで合計15の特大袋を出せた模様。それ以外もヘルパーさんやらご近所の方にあげたいというモノを分けて並べた。
 実家にいたのは8時間近くか。タクシーを呼んで帰宅。20分ほどで帰ってこられた。

 この調子では年明けも頻繁に段ボール詰めに行かない事には引っ越しが出来ない。90歳になるまで宅急便も送った事がない、モノを段ボールに詰めた事もない。そういう経験をしないで済んだのは恵まれているのかどうか。なんとも浮世離れした母である。これ以上本人に任せるのは無理と判断した。
 この惨状の実家を夫に「後は宜しく~」と言えなかったから、今回のタイミングで片付けることが出来て本当に良かった。自宅の断捨離を経験していなかったら、ここまで大ナタが振るえなかったかもしれない。

 帰宅して、洗濯物を畳み、夫とキャラメルラテで一服。さすがに夫は草臥れたのか、ワインが回ったのか、リビングでうたた寝中だ。

 明日は今年最後Wさんのマッサージを予約している。いつものように両手に袋一杯の衣類を持ち込む予定である。天袋に残る袋はあと4つくらいか。2月には我が家の天袋は空になる計算だ。


コメント
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