注)これはフィクションです 史実の参考になるものではありません
空想歴史小説 貧乏太閤記 yottin
弟「つき」を連れて川で遊んでいると、突然石つぶてがいくつも飛んできた
一つが「つき」に当たって半べそをかいた、「ひい」が睨むと「つき」は慌てて泣き出しそうな顔を元に戻した。
「ひい、臭い臭い、早くボロ屋に帰れ、ここに来るな!」
村のガキどもが石つぶてを投げつけながらはやしたてる、「ひい」も負けずに投げ返したが、三倍四倍になって返ってくる。
「乞食!乞食! 臭いぞ臭いぞ! 帰れ帰れ!」
「ひい」はガキどもを睨みつけながら「つき、帰るぞ」
悔しくて悔しくて涙が出そうになるが弟の手前こらえた。
こんな毎日が続いている。
たしかに兄弟の身なりは汚い、まとっているのはボロとしか言いようがない
「ひい」は自分の本当の名前を知らない、親も身内もガキどもも「ひい」と呼ぶ
「ひい」は9歳、弟のつきは6歳、妹のあさはまだ2歳だ
家に着いた、ガキどもが言う通り屋根も朽ちかけたあばら家だ、大きさは見劣りしないが全く手入れがされていないほおりっぱなしだから、
あちこち傷んでいる
雨漏りなんか雨のたびに起きるし、床もじめじめして居心地が悪い
なにしろこの家の親父が怠け者で少しも働かない、せめて家の修理くらいすればいいが、それもしないで、
たまに出稼ぎの姉から銭が入れば酒に変えてしまう
痩せているが五体満足なのだから働けばよさそうなものだが仕事が大嫌いなのだ
「ひい、遊んでいる暇があったら稼いで来い、姉さはお前の歳から庄屋様の小作になって稼いでるが」
姉のともは12歳になる、親父が言った通り家にはいない、庄屋の家で住み込みで働いている
「ひい」は親父を睨みつけた(おまえこそ働きゃいいんだ)と言いたい
もう気配を察して親父が寄ってきていきなり殴りつけた
「痛い! なんだよ、なんで殴る」
「なんて口の利き方じゃ、おまえはわしの子じゃにゃあから殴るんじゃ、かわいげのないガキだで」
そうだ、姉とひいは、この親父の子ではないのだ、先夫の子だ
ほんとうの親父の名前など知らない、母のナカも教えてくれない そんなのはいねぇし、居たって邪魔なだけだ
邪魔といえば、おふくろが「お前のとおちゃんだ」と言って連れてきたこの男も邪魔だ
だがひいはまだ9歳だから、そんなことを男に言えばどんな目に合うかわからない、そうでなくても酒を飲むたびに殴られる毎日
ろくな稼ぎもしないで、女房とひいを牛馬のようにこき使う、わずかな泥田と小さな畑が最初の親父が残した全財産だ。
家なんて言ったって板張りの一間しかないあばら家だ、かっての牛小屋だか馬小屋だかが玄関わきにあるが馬も牛も今はいない
あの男がここにきてやった仕事と言えば、弟と妹を作ったくらいのものだ
俺たち兄弟三人は例の馬小屋に藁を敷いて寝ている、広さはあるから悪くはない、温暖なところだから寒さに震えることもめったにない
男と、おふくろは板の間で一緒に寝ている、大きな木の衝立を立ててあるから馬小屋からは見えないがしょっちゅう男がおふくろを苛めて、おふくろが泣いている。
その声を聴くたびに、ひいはいつかこの男を殺してやると思う
男も察しているのか、ひいの顔を見るたびに「嫌な目つきをしやがって」とげんこつで殴る、ますます殺意が高まっていく。
男は察してか最近俺に「あねさのように、おまえもどこぞのお大尽さんのところに働きに行け、飯ばっか一人前に食っても稼がねぇ奴は出ていけ」
稼ぐにも稼ぐだけの田畑がないのだから仕方ない、男はおふくろと弟と妹を働かせようというわけだ。
ある秋の午後だった、ひいが畑から水を飲みに家に戻ってきたら男は酒を飲んで寝ていた
足音を聞いたのか目を覚ましたが、ぽ~っとした顔で「稼いだか?」と言った。
黙って立っていると玄関に出てきて水をごくごくと飲むと、何を思ったのか表にある柿の木に、ふんどし一丁、裸足という姿で登り始めた
それは見事な柿の木で実がいくつもついていて、この家では唯一腹を満たす食料であった。
「カラスのやつにとられる前に俺が食べてやる」などと言って器用に登って行った。
(意外に身軽な奴だ)とひいは珍しく感心した、下から見ると瘦せた尻と長い骨っぽい足、そしてふんどしの間からみっともない....
かなり高くまで登って一つもいで食べている、投げてよこそうなどという気持ちなどは少しもない
そして下り始めた、その時足をかけた枝が鈍い音をたてて折れた、男の足が滑って真っ逆さまに木から落ちてきた
運の悪いことに前の親父の墓石がわりの少し大きな角石があって、そこに頭から落ちて行ったのだ、
鈍い音がして男はゆっくりとあおむけで地べたに倒れて行った
頭からはおびただしい血が流れだしている、目玉が飛び出してピクピクと痙攣している
もう何も話さず痛いとも言わない、意識がもうろうとしているようだ
どう見ても救急の手当てをしなければこの男は確実に死ぬだろう、ひいはその時思った(居なけりゃいいんだ)と
ひいは死にそうな男をそのままにして畑に戻って仕事を続けた、さすがに心中は穏やかでなかったが、本当の親父が天罰を下したのだ
そのようにこじつけた、どこかに躍り上がるほどの喜びもあった。
初期の芥川龍之介の小説のよう。
からくさんの小説、男女の駆け引きがおもしろいですが、単に好き嫌いにとどまらず、一瞬にして変わってしまう心もリアルで
こちらも長くなりそうですが頑張ってみます。