中学校の卒業式に戻ります。
無事に卒業式を終えて、教室に戻ると記念品が配られました。
私達の時の記念品は印鑑でした。プラスチック製の簡単な物ですが、
自分自身のハンコを持てたという事で、少し大人びた気分になりました。嬉しかったものです。
書体は一般的なものでは無かったので、変な形と文句が出ましたが、
先生にすると、印鑑は特徴がある形の方が証明として役に立つ、便利だという説明でした。
何にしろ、PTAの方で商品や文字を選んだので、文句はそちらにという事でした。
私はこの言葉に内心苦笑してしまいました。文句は親にという事ですからね。
子供の文句先は自らの親というのが何だか面白かったのです。先生経由にしない方が最短です。
よく言う天に向かって唾を吐けば自分に戻るという、そんな感じでした。
何でもありがたがってもらっておけばよい、そういう事ですね。クラスでも誰か言っていました。
この印鑑は本当に重宝して、私は今でも使っています。何十年物の愛用品ですね。
いよいよお別れです。
私は小学校の友人と2人で門を出て歩いて行きました。
でも、その前に、何かの銅像の前で、かー君を見かけました。
もうこれで彼を見るのも最後だなと思います。
相変わらず女の子にモテている様子でした。
数人の女の子に囲まれて、学生服の第2ボタンをせがまれていました。
『ああ、相変わらずモテるんだな。』
かー君達を眺めて思いました。
そのまま道を歩いて通り過ぎようとすると、私の前に佇んでいた同級生らしい女の子が、
「あなたもボタンが欲しいでしょう?」
と、私に言います。
えーっと思います。
私がかー君を眺めていたのでそう聞かれたようでした。
全然とも言えないので、…欲しいというより要らないというと失礼かな(かー君に)と思った訳です。
ちょっと黙ってしまいます。
…この沈黙は何と返事してよいか考えていたからです。
迷惑な人だなぁ、何で私に訊くんだろうと思っていました。
しかし、欲しいという訳にもいかないしと、
かー君の方を見て、困った顔もできないし、
一応微笑。間をおいてから、微妙なニュアンスで
「い、いいわ。」
と答えたところ。
「欲しいんですって。」とその人に指さされてしまいました。
ぎょっとした私は、はっきりと、いいえ、いいのよ、欲しくないから。
というと、誤解されないように急いで校門に向かいます。
後は野となれ山となれです。振り向きもせずに校門へ一目散、その途中で小学校の友人に出会いました。
訊くと、彼女も連れだって帰る人がいないというので、一緒に帰りましょうと誘います。
彼女もいいよと承諾したので、私たちは並んで並木道に入りました。
校門を出てすぐの所で、Iさんに出会いました。
彼女は泣いていました。涙で顔が濡れていました。
流れる涙を堰止めることが出来ないようで、私を見ると
「ああ、Jun、」
と言ったきり、咳上げて暫く言葉が出ないようでした。
Jun、一緒にいてよとIさんが言うので、落ち着くまで一緒にいてあげようと思います。
分かったわと付き添おうとすると、一緒に歩いて来た友人がじゃあ私帰るからと歩き出してしまいました。
彼女も1人で帰って行くのだと思うと、私は2人の友人の間で板挟みになってしまいました。
小学校の友人を1人で返すか、Iさんを置いて行くか、
「一緒に帰ろう。」
と、Iさんを誘います。帰る方向は皆暫く同じ方向です。
でも、Iさんは、いいと言って一緒に帰ろうとしませんでした。
また抑えきれずに泣き出してしまったようです。
小学校の友人はどんどん歩いて行ってしまいます。ほんとうに困ってしまいました。
ただ、Iさんには私の前に付き添っていた人が1人いたので、
その人に彼女を任せて、行ってしまった友人を追いかける事にしました。
「ごめんね、あっちの友達は私がいなくなると1人だけになるから。」
そう言って、Iさんに元気でね、また会える時もあると思うから、と、
一時のお別れのつもりでさよならを言います。
「Junも行ってしまうの。」
寂しそうに泣き出すIさんを置いて行くのはとても心苦しくて、私は余程付き添いたく思いましたが、
小学校の友人の方はどんどん離れていくので、しょうがなくて、遂に私はごめんねと言って彼女の後を追いかけます。
彼女に追いつくと、あっちに付いててよかったのに、など言われましたが、
どう見回しても、彼女と連れになりそうな人が周りには見当たりませんでした。
いいのよ、あちらの友達には1人付き添ってる人がいたからと、私はその友人ににこやかに話しかけます。
卒業式に1人で帰るなんて寂しくないのかしら?
私の心配が無用だとは思えないのでした。
少し歩くと、交差点で彼女はこちらから行くからと右折して行ってしまいました。
彼女の家の方向はそちらからも行ける方向だったので、無理にもう少し真っすぐ行こうとは誘いませんでした。
でも、随分早くに右折して行くんだなぁと、友達を1人置いて来て付き合っているのにと、
私にすると少し不満に思ったものです。
じゃあ、さようならと私が言うと、
戻ってあっちに付いていてあげていいよ、と、彼女が捨て台詞のように言うので、
今更戻るという訳にもいかないし、こっちから行かない?
と私はもう1度誘ってみるのでした。
結局、彼女はかなり(多分)遠回りをして帰って行きました。
私の方は、離れていく彼女を見送りながらしばらく交差点に佇んでいましたが、
彼女の言うようにIさんの所へ戻った物かどうか、少し考えて、振り返ってみると、
道にはもう帰る同級生や生徒もいないようでした。
私も帰るか。
どちらの友人に合わせてもどちらかに悪いような気がして、私はそのまま1人帰路を歩いて行きました。
遥かに遠くなっていく中学校と並木道。
こんな風に1人で帰るなら、小学校の時の友人を誘わずに校門を出て、Iさんに出会い、
そのまま彼女の方に付いていてあげればよかった。
彼女を取り残して来た後悔が何時までも後を引いていました。あんなに泣いていたのにと…。