花を見る花見も好きでしたが、新芽、柔らかな緑、黄緑の萌黄を見る事も私は好きでした。
だから、そこに何かしらの欺瞞があったとしても、私は無下に新芽を突っぱねたり、折り曲げたり、傷つける事が出来ないのでした。
この芽吹いた芽に何かしら意味があるのなら、大切にして、それなりの答えを返さなくてはいけないと思うのでした。
言葉ではない問いかけに、「考えてみます。」
と、保留の言葉を言う訳にもいかず、幼い私には返す言葉が無いのでした。
窓辺で私は引き続き考えてみます。
『中学最上級生か』
この言葉を思い浮かべると、小学校最上級生の時の事が思い浮んできます。
「忠告しておくよ、君と同じように人が考えていると思わない事だね。」
ふいにあの時のきー君の言葉が胸に浮かんで来ました。
そうか!
物事よく取り過ぎてもいけないし、また悪く取り過ぎてもいけない。
父が普段そんな事を言っていた事にも思い当たって、私は軽はずみな答えは返せないと判断するのでした。
明るい外を眺めていた視線を校舎内に戻してみます。
窓辺に寄りかかって室内に目を移します。
目の前にJさんが座っているのが見えます。
Jさんの斜め前にはせー君が座っています。
教室の前の方にはたー君が、やはり座って本を読んでいるらしい姿が見えます。
私は誰に言うとも無く独り言のように言います。
「今は無理。」
自分の心の内を覗き込んでみます。やはり今は無理です。お付き合いしようという気持ちになりません。
「もう少し待ってもらいたい。」
嫌いではないから、将来的には考えてもよいと思います。
将来か、と、将来2人が並んでいる姿を想像しようとして、…想像できない。
想像できないという事は、
「将来も無理。」
そんな事をぽそッと呟くのでした。将来の事は考えられない。
自分でもよくわかりません。兎に角、今は無理なのだという事だけは自分にもよく分かったのでした。
…
月日は流れて、私は下宿の友達と、大学のある場所の、桜の名所にやって来ました。
この土地で見る桜もこれが最後、皆で見る桜もこれが最後だねとしみじみとしながら、和気あいあいとお弁当を広げます。
皆がお気に入りのフランチャイズのお店で一緒に買って来ました。
それぞれに手にした好みの商品を開いて、青空に咲き揃った桜の花を眺めます。
ピンク色に染まる木々、その下で人々が集い、点在し、思い思いに花見の宴を楽しんでいます。
地面の上には緑の芝が広がっています。
もう一度目を空に転じると、青空に映える白い雲がなんとも心地よいのでした。
風も歌っているようで、うきうきとした気分になるのですが、
時折吹いてくる突風がひんやりと冷気を感じさせるので、
短い青春を謳歌した時期が終わるような、
学生時代が後半に入ったという寂しさを、涼し過ぎる風に感じるのでした。
それでも、と、私は思い直します。
今年のこの春は私にとって格別なとても気持ちの良い春だと。
社会人になる前の学生時代の自由で気ままな最後の春。
家族で来た花見とは違う、気の合う友人同士で連れだって来た花見。
空は晴れ皐月のよう、桜は満開に花開いて、目に新緑の芝生が美しい…
時に冷たい風が髪やうなじをなじって行っても、
私は今日のこの花見の日を青春時代の最良の日としたいと思うのでした。
何があっても、私は暖かく眩しい春本番の日差しだけを感じていたいと思うのでした。
髪を風に吹き流し、満足感溢れる笑顔で美しい青い空を見上げるのでした。
感ここに極まれり、という感じでした。