早蕨いつ終わるんでしょうか、私あまり書きたくないのですよね、
そう思いながら書いています。
2日程してから、
「まあ、そんな酷い事も無いさ」
と父が返事を返してくれました。
思い出すのに時間がかかったのでしょう。お父さんの時はそんな酷い事も無かったから、大丈夫だろう。
そう言ってくれました。私はちょっと安心しましたね。
父には妹がいましたが、一時はその子の時より酷いんじゃないかと漏らしていましたから、
兄妹の事を考え併せて最初無言だったのかもしれません。
話は本題に戻ります。
事件後気を引き締めていた私ですが、やはり異性からのコンタクトは嬉しいものです。
騙されたく無いと思いながら、たー君の可愛い顔についにやけてしまいます。
そして、こんな事ではいけないと平静を装います。それとなく男子2人を観察し、
やはり夢の世界に憧れたりします。
でも、私の場合、中学校以前、小学校の時
にもいろいろありましたからね、男の子とは。
そうモテる訳はないという確固?たる自信がありましたから
、考えはバラ色の方向へは向かないのでした。
そこで人違いで結審した訳なんですが、恋のアプローチで無いのなら、
人ま違い以外にどんな理由があるのでしょう?そんな事を暇な時に憶測していました。
手を眺めては、時折分からないと溜息を吐く、そんな何日かでした。
そんな中で、思い当たったのが『たー君、そういえば1年の時クラス委員だったっけ。』でした。
せー君もクラス委員だけど、今の場合せー君の事は置いておいて、たー君について考えてみようと、
あれこれ思い巡らしてみます。
1年の時何があったっけ?
そうだよ苛めだよね、といの1番に思います。
他に何かあったっけ?
学校外でも会った事あるけど(これは見た事)、意図的じゃないと思うし、
何かあった訳じゃないし、話もした事無いし。
絵の件もあるけど、これはせー君の春の言動と全く逆の感じで関連しているみたいだけど、
あれはもしかしたら、たー君がせー君に頼んでしてくれたのかな?
等とも思ったりしました。
そうすると、元々せー君とたー君は仲が良いのかな。
等々私には様々に思い巡らされて来ます。
はて、たー君は私にどんな負い目があるのかしら?そこまで気を配ってくれるなんて、
クラス委員の責任感かしら?
ここまで考えてくると、私にはたー君があの1年時の男子生徒を代表しているような気がして来ました。
私の手を掴み、男の子は君の事を嫌いじゃないよ、と
訴えているような気がしました。
1年の時の男子生徒達を代弁して、ごめんねと言っているような気がして来ました。
もう3年生です。2学期です。早めに過去の負債を弁済しておきたい、そうだったのかなと分かって来ました。
私はもう片方の手で触られた指を撫でながら
「ありがとう、たーくん。」と呟くのでした。
小春日和の日、私は教室の窓辺により1年の校舎の方角、自分の教室のあった辺りを眺めてみます。
1年生の時の事を思いだしてみます。
今から思い出してみてもあれは相当酷かったなと思います。
2年の時の友達やクラスメートに心和んだ時、いろいろな事、
そして今や3年生、中学最上級生だと、今まで、よくここ迄来たんだなぁと、
振り返ってみると中学生活が非常に感慨深いものになってきました。
日差しが暖かく差しています。手に当たる日光が暖かいので、空間の日だまりに手を差し伸べてみます。
風が心地よく穏やかに吹き込んで来ます。
今日の今の窓辺は私の物。本当に気持ちがよいのでした。
『小春日和ね。』
そんな言葉を思い浮かべていると、Jun何考えているの?とJさんが声をかけてきます。
小春日和だなぁと思って、
教科書で習った短歌、「石走る垂水の上の早蕨の萌えいづる春になりにけるかも」を思い浮かべていたのよと答えます。
短歌は春の歌だけど、寒い冬を越えて春を待ちわびる人の心が私にも分かるからと。
コンクリートの隙間に、この小春の日差しが差し込み始め、新鮮な息吹が吹き込み始めたのだと微笑むのでした。
本格的な春ではないけれどこの気候も好きなのだと。