ここで話は少し戻って、春の事です、修学旅行は終わっていたと思います。
初夏にかかる頃でしょうか。私にとってはとても大きな事件がありました。
最初の校内学力試験が終わってすぐの頃だったと思います。
私の入試対策用問題集が盗難に遭いました。これは紛失ではなくて、はっきりと盗み去られたのです。
それは私の机の中からというより、学生鞄の中から盗み出されたようでした。
ある日家に帰ると、鞄に入れたと思った問題集がありません。
あれっと、なんだか鞄の中に本が無い
という事が不思議でした。
私はいつもきちんと机の中を空にして、中の物を鞄に詰め込むと帰宅する習慣でした。
それで、学校の時間割最後のホームルーム前迄には、大抵帰宅の一連の動作を終えてしまいます。
ホームルームの後に机の中を片付ける事はめったにありませんでした。
当時の私は割合せっかちで気が短かい方でしたから、動作は早めだったわけです。
反対に言うと、生来のんびり屋だったので
、取りこぼししないように動作を早めに行っていた
といった方がよいかもしれません。
ホームルームの時間は先生の話を聞きながら、手で机の中を探り
、手に何も触れないか確認するくらいの念の入れようでした。
そんな私が問題集を机の中に忘れたなんて、意外であり、腑に落ちない事でした。
この時一寸嫌な気がしましたが、まさか盗難に合うとは思ってもいませんでした。
それに、いくら厳重に整理していたとしても、過去に年1、2回の取りこぼしはあって、
机の中に忘れ物をして来た事は確かにありました。
机の中に忘れてきたのだ、私としたことが。
そんな風に思い、その日の夕方は自己嫌悪になってしまいました。
それでも、明日の朝行けば教室の机の中に問題集はキチンとあるだろうと自分を安心させました
でも何となく、本を見るまでは落ち着きませんでした。
忘れたという確信が持てないので、夕飯の時にも問題集の事が頭から離れません。
イライラと心此処にあらずでした。
不安が顔に出ていたのでしょう、父が何かあったのかと聞いてきました。
父の方から私の安否を尋ねる事はめったにありませんでした。
それだけ私は日常の動作から外れていたのでしょう。
実は社会の入試対策用の問題集が無くてと話します。
学校から帰ってみたら鞄にない事、学校で鞄に入れたと思っていたが机の中に置いて来たらしいと話します。
「ほら、こういう事になるんだ。」
と、父は真顔で怒り出しました。
本は大切にしろと言っただろう。持ち歩くから失くすことになるんだ。
というのです。父はカンカンでした。
持ち歩くと言ったって、と私。
授業で使うから持って来るように言われたのだと答えます。
実際その日の社会の授業で問題集は使われ、それは先生の指示通りでした。
その為に皆が学校へ持って来ていた訳です。
だから、社会の時間までは確実に私の手元にあったのでした。
私は社会の時間が終わって直ぐか、遅くてもホームルームの前までには鞄に入れたと思っていました。
鞄に問題集を入れた記憶があるように思えました。
でも、家に帰って来ると鞄の中のどこを探しても見当たらず、一度鞄から全ての持ち物を出して
までみたのでした。
私が念を入れて隅々まで探す程もないほど、本は大判の問題集でした。それなりの厚みもありました。
同級生の誰にとっても大切なはずの問題集です。
私は焦ってしまいました。
物を失くすというか、費用をかけたものを失う、費用が余計にかかるという事が嫌いな父は、相当ぷんぷんでしたが、
私が、同級生は皆学校からこの問題集を持たされている事、
毎回の校内実力試験に必要な問題集だからだと説明すると、
父は、必要な物なら買わないとなとか、今日の昼間迄あったのなら明日必ず探してくるように
と言って、
一応腹の虫は収まったようでした。
「多分、机の中だと思うわ。」
何時も机の中はきちんと綺麗に片付けて何もないようにしてくるんだけど。今日は忘れたのかな?
鞄の中に無いからそうとしか思えない。そう私は説明するしかないのでした。
盗まれたのかな?ちらっとそんな考えも無い事は無いのでしたが、まさかね
と打ち消していました。
そんな目に遭うなんて、誰かに嫌味な事をしたり、嫌われるような事は極力避けて来ていたので、
『そんな事無いわね。』と私は思います。
3年の教室で目立って誰かに嫌がらせされる事も無く新学期から来た私は、その時そう思っていました。