そんな深緑の鉛筆が子供用鉛筆に取って代わり、
私の筆箱全体を占めるようになったのはもう3年生の頃だったでしょうか。
そんなある日、父に同じ深緑の鉛筆を1本貰ったのでした。
「いい鉛筆だから、お前の為に貰って来てやった。」
父はにこやかに如何だいというような、得意そうな感じで私に鉛筆を差し出したのですが、
私はその鉛筆を見て、只ああこれねとだけしか感じませんでした。
私がもう持っていると言うと、この鉛筆と?同じものを?と父は非常に驚いた様子で、
お前の年でもうこんないい鉛筆を使うなんて、子供用の安い物でいいんだ、と、半ば呟くように言うので、
私は父が一体全体どう思っているのかと、無意識の内に目に角が立ち、ちらりと父の顔色を覗き見してしまいました。
そして、父の表情や様子をしげしげと観察してみるのでした。
私の心証では、如何も父は本当にその深緑の鉛筆が品質の良いもので、値の高い物だと思っているようでした。
子供用鉛筆は、子供騙しだけに安い物だという感覚であったようです。
しかし、父のような戦前生まれが育った昔はどうであれ、その当時は子供用文具は高級品に近いお値段でした。
当時の大人は皆、子供にお金を掛けるようになっていたのですね、企業の商戦もそれに合わせて変わっていたのでしょう。
一般文房具の方が明らかな学用品より値が安くなっていた時代でした。
しかも父の持ってきた鉛筆は母が勧めていた硬度と同じ芯の固いHです。
どうも父は鉛筆の硬度についても当時把握していなかったようでした。
『しかもHだし。』
私は内心ぷん!と思いながら、もしかすると父と母はグルなのではないか?
2人でうまく私を経済的な路線で丸め込もうとしているのではないか、
そう思いながら、もう1度眉間に皺を寄せて父の顔色を観察してみるのでした。
じろじろ見る私の視線を気にしているのかいないのか、
父は、ほうといった表情であっけらかんとした顔をしていました。
そんな高い物を子供に持たせるなんて、あれ(母)に言っておかないといけないなぁ。などと言う始末です。
「子供用の安いのでいいんだ、安いので。」
とまで再び言うので、安い方の鉛筆なのにと、
私は渋い顔で口を開けたまま呆れて父を見上げてしまいました。
『私もお母さんと一緒に鉛筆を買いに行って鉛筆の値段を知っているのに。』
父は如何も私が鉛筆の相場を知らないと思っているのだな、そんな風に思ったりもしたのでした。
その場で、父に対して言葉ではありがとうと言いながら、
私の内心は、父の思惑はどうであれ、ふん!と言った感じでした。
子供用鉛筆を諦めた、あの時の無念さや失望感が怒りとなって再熱しました。
私はすいっと立つとその場から離れ、
そのまましかめっ面をしてむしゃくしゃした気分のまま、鉛筆を机の中にほいっと仕舞い込んだのでした。