Jun日記(さと さとみの世界)

趣味の日記&作品のブログ

3本の鉛筆、4

2017-01-07 17:44:46 | 日記

 「子供は安い鉛筆でたくさん、そう言われているから。」

誰がそう言ったものか、母は責任上高い鉛筆は購入出来ないというような事をアピールするのでした。

そこで母は、私の持っている箱の鉛筆の値段と、深緑の鉛筆の値段を私に見比べさせると、

私に好みではない安い値の鉛筆の選択を迫るのでした。

 これがいいの、と、未練がましく可愛い鉛筆を指さす私の指先に、これねと容赦なく深緑の鉛筆を差し出す母。

値段を考えて値段を、家はお金が無いんだから。

と、無理無理押し付けられるような形で私は経済的な鉛筆の購入を余儀なくされるのでした。

内心しょんぼりする私の手から子供用鉛筆は溜め息と共に去って行きました。 

渋々でしたが、それでもよい鉛筆だからと母が言うので、私は気を取り直して母に微笑んで見せました。

そして、母から顔を背けると、すごーく嫌だとしかめっ面をするのでした。

 鉛筆が決まると今度は芯の硬さに話が移りました。

2年生のお子さんならまだBか2Bでもというお店の人の言葉に、母はHの方が減らなくて経済的だと言い始めるのでした。

鉛筆の硬度の事などさっぱり分からない私は会話から外れて、今度は母とお店の人との間で問答が始まったのでした。

 結局、今度はお店の人が私に助けを求める形になり、

「先生がBがいいと言っていた。」

と私が言うと、ほらねという感じでお店の人がにこやかに微笑むのでした。

実際学校で担任の先生も、鉛筆はBぐらいがよいですよと言っておられたので、私はそれを口にしただけでした。

 すると母は私に、Hの方が固いから芯が減りにくい、鉛筆削りが楽になっていいよ、

そんなに削らなくてよくなるからね、硬い方が楽になるよと言うのでした。

そこで再びお店の人が慌てて、

「それではHとBの間を取ってHBにされたら。」

とまるで私に合図でもするようににこにこ頷いて、そうしたら、ねっ、と言われるのでした。

 うんと私が頷くと、HBね、と母はまだ不満そうでしたが、いいわと母も折れました。

私はBが入っていてBに近い鉛筆という感覚でHBにしましたが、母もHBは確かに書きやすいからと賛成したようでした。

 深緑のHBの鉛筆の箱を買って、私達親子は漸く文房具店を後にしました。

帰り道、私は手に新しい鉛筆の箱の入った袋を持って、

母が偉そうに芯の硬度や鉛筆削りの回数の話をするのを聞きながら、殆ど上の空で母に頷き、

母の隙を見ては時々溜息を吐きながら帰って来たのでした。

 

 


3本の鉛筆、3

2017-01-07 16:07:49 | 日記

 2年生の何時頃だったでしょうか、入学時に買ったか、貰ったかの12本入りの箱の鉛筆が尽きました。

新しい鉛筆の箱を購入して来ようという事になり、母と共に文房具店に行きました。

この頃の買い物は、おやつの駄菓子を買う以外は常に母が一緒でした。

 さて、文具店に来ると、様々な鉛筆が数多く並んでいました。

私はその中から直ぐに子供らしい柄の鉛筆を見つけ出す事が出来ました。

これは使用者の背丈に合わせて、低い位置に子供用が置いてあったからでした。

 「直ぐに見つかってよかったね。」

私は喜々として声を上げました。

私にとっての文具の買い出しは殆ど初めての事でした。

出掛ける前から、沢山あったらどうしましょう、どれを買うか迷うねぇと母が楽しそうに言っていたので、

こんなに早く欲しい物が見つかってよかったと私は思ったのでした。

 ところがこれがいいわと私が言うと、母はそれね、よかったねという返事を返さずに、

全く無言んで口をへの字に閉じたままでいました。

 これがいいわ、クラスの誰それちゃんもこれを新しく買ってもらったと言って皆に見せていたもの。

私がにこにこしてそう再び言っても、母は未だ口を閉じて無言のまま棚の上を見上げていました。

私が不思議そうに母を見上げて、母の様子を観察しだすと、

母は黙ったままで頻りにその辺りの鉛筆を手でいじくり始めました。

 これよ、お母さん、これ。

母は私がわざと私を無視して上を向いているのではないか、と思う位に全く暫く返事を返して来ませんでした。

 ねえ、お母さん、これにする。

私はもう1度そう言って、手際よくバラの鉛筆で気に入った絵柄の物のダース入りの箱を探すと、

その箱を母の服を引っ張って、まだ上に視線を向けていた母の目の前に差し出しました。

 母は無言のまま下を向き、意味ありげに私の顔を見て笑うと、

私が差し出したその箱には手を出さずに、私の目の前に深緑の鉛筆を1本差し出しました。

「これにしたら、いい鉛筆よ。」

全く思いも掛けなかった鉛筆の登場に、はっきりいって私は仰天しました。

 「えっ、これ?」

これは大人の人の鉛筆でしょ?子供が使っていいの?と聞かずにはいられませんでした。

何故なら、私はその深緑の鉛筆を母の里の家でよく目にしていたからでした。

 商家である母の家では、電話台の上、メモ用紙などと共に筆差の中や外、

畳の上等、あちらこちらにこの鉛筆は転がっていたものです。

 それで私のこの鉛筆への認識は、仕事用の大人の人の物書き鉛筆というものでした。

しかし母が言うには、鉛筆は鉛筆だから、子供用、大人用と決まっていない、どれでも誰でも使ってよいと言うのです。

子供は子供用の鉛筆じゃないのかなぁ、とまだ年端も行かない私は怪訝に思うのでした。

それで暫く母子で問答していましたが、母はとうとう店の人に助けを求めて

「どの鉛筆でも使っていいわよね、子供用でなくても子供が使っていいわよね。」

などと援助を求めて、小2生向けの鉛筆購入の責任転嫁をするのでした。

 ここは流石に文具店、学用品を扱うだけにやはり教育的な答えが返ってきました。

「何年生?低学年の1、2年生のお子さんなら、やはりBなどの柔らかい芯の子供用がお薦めですよ。」

お店の人のこの返事に、私はしてやったりとにこやかに満面の笑みを浮かべ、

やっぱりね、ほらこれ。と先程の鉛筆の箱を母の手元に差し出しました。

 「流石に商売屋さんね、値の高い方を客に勧めて。」

と、母は憮然として遂に此処で本音を出すのでした。