「子供は安い鉛筆でたくさん、そう言われているから。」
誰がそう言ったものか、母は責任上高い鉛筆は購入出来ないというような事をアピールするのでした。
そこで母は、私の持っている箱の鉛筆の値段と、深緑の鉛筆の値段を私に見比べさせると、
私に好みではない安い値の鉛筆の選択を迫るのでした。
これがいいの、と、未練がましく可愛い鉛筆を指さす私の指先に、これねと容赦なく深緑の鉛筆を差し出す母。
値段を考えて値段を、家はお金が無いんだから。
と、無理無理押し付けられるような形で私は経済的な鉛筆の購入を余儀なくされるのでした。
内心しょんぼりする私の手から子供用鉛筆は溜め息と共に去って行きました。
渋々でしたが、それでもよい鉛筆だからと母が言うので、私は気を取り直して母に微笑んで見せました。
そして、母から顔を背けると、すごーく嫌だとしかめっ面をするのでした。
鉛筆が決まると今度は芯の硬さに話が移りました。
2年生のお子さんならまだBか2Bでもというお店の人の言葉に、母はHの方が減らなくて経済的だと言い始めるのでした。
鉛筆の硬度の事などさっぱり分からない私は会話から外れて、今度は母とお店の人との間で問答が始まったのでした。
結局、今度はお店の人が私に助けを求める形になり、
「先生がBがいいと言っていた。」
と私が言うと、ほらねという感じでお店の人がにこやかに微笑むのでした。
実際学校で担任の先生も、鉛筆はBぐらいがよいですよと言っておられたので、私はそれを口にしただけでした。
すると母は私に、Hの方が固いから芯が減りにくい、鉛筆削りが楽になっていいよ、
そんなに削らなくてよくなるからね、硬い方が楽になるよと言うのでした。
そこで再びお店の人が慌てて、
「それではHとBの間を取ってHBにされたら。」
とまるで私に合図でもするようににこにこ頷いて、そうしたら、ねっ、と言われるのでした。
うんと私が頷くと、HBね、と母はまだ不満そうでしたが、いいわと母も折れました。
私はBが入っていてBに近い鉛筆という感覚でHBにしましたが、母もHBは確かに書きやすいからと賛成したようでした。
深緑のHBの鉛筆の箱を買って、私達親子は漸く文房具店を後にしました。
帰り道、私は手に新しい鉛筆の箱の入った袋を持って、
母が偉そうに芯の硬度や鉛筆削りの回数の話をするのを聞きながら、殆ど上の空で母に頷き、
母の隙を見ては時々溜息を吐きながら帰って来たのでした。