彼女の夏の定番は麦わら帽子だった。
幼い時、母方の祖母に夏休みの土産にと買ってもらってから、彼女は何時も夏になると麦わらの帽子を被っていた。
彼女の名前は青木薫子。歳は27歳で今年の春に結婚したばかりのまだほんの新婚さんだった。
彼女と夫は結婚して新婚旅行から帰り、すぐにこの山の手にあるまだ開拓途上の住宅地、その一角にある新居に入った。
だから薫子はかなり幸運な女性といえるかもしれない。
夫の竹雄は普通のサラリーマン、商社に勤めていた。次男になるので親の方で住まいの方を提供してくれた。
舅夫妻は健在で長男夫婦と同居していたから、薫子は全く自分達夫婦の心配だけをしていればよかった。
こんな点でも気楽な毎日の薫子は、夫の両親と同居する友人等から相当羨ましがられていたものだ。
が、気楽というのも所在無い物であった。新婚旅行から帰っての1週間程はあれこれとする事も多かったが、
やがて荷物など整理してしまい、日々の生活にも慣れてくると、彼女の1日はかなり長く感じられるようになった。
平日は1日1人で過ごす事になるのだ。彼女は有閑である。
そんな彼女の楽しみの1つが買い物になったのは当たり前かもしれない。
買い物と行っても此処はかなりな郊外、お店らしいお店も無いのだが、隣町まで行くと大手スーパーと農協のコープビルがあった、
そこで彼女は仕事着などの販売ワゴンの中から、今年の夏用の麦わら帽子を選んできた。
『夏の私の定番なのよね。』
彼女は気に入った麦わら帽子をワゴンから取り上げると、いそいそとレジへと急いだ。
何時もは夏の終わりにセールス品の麦わら帽子を買う、それを翌夏に使用するのだ。
独身時代から薫子はかなりの倹約家であった。
結婚して夫に贅沢にしていいと言われてはいたが、やはり無駄遣いはしたくないのである。
売り場にはお洒落な夏用の婦人帽もあったのだが、レースの帽子など使い慣れていない薫子は、
どうしても愛着のある麦わら帽子に魅かれてしまうのだった。
値段から見ても、安価で実用的な普段仕様の麦わら帽子を選んでしまうのだった。
また、彼女は、長の経験から麦わらの影が作り出す涼しさをよく知っていたのだ。