鷹夫から交際の申し込みの電話があった翌日の夜、初子は彼からの電話を待っていた。
が、如何いう訳かうんともすんとも電話は掛かって来なかった。
父も電話を受けた様子が無かった。本当に梨の礫である。
「お父さん、昨日の人、鷹夫さんから電話があった?」
彼女は念のために父に訊いてみるが、いやお父さんは出ていないという返事だった。
逆に、父はお前が電話に出たんじゃないのか?昨日じゃ無くて今日の話だが、と言う。
今日は私は出ていないのよ、掛かって来なかったのかしら?
そうか、お父さんも今日は電話に出ていない。と、初子と父の間ではこんなやり取りがあった。
その晩は、父娘2人で何だかがっかりしたような、拍子抜けしたような気分でいた。
妙だなぁと父は言う。昨日迄はあんなに熱心だったのに、などと父が独り言を言う。
それを聞きつけて、初子は彼から何回電話があったのだろうかと訝る。
彼からの家への電話は、てっきり彼女が聞いた2回だけだと思っていたのである。
何だか初子にしてみると父の様子の方が変に思える。
初子よりも父の方が鷹夫に詳しいように思われるのだ。妙な話である。
「お父さん、鷹夫さんからは何回電話があったの?」
初子は聞いてみる。
1回だよ。昨日の電話が初めてだ。と父が妙にしゃんとして言うので、初子はびっくりして父に問い直す。
初めて?その前にも1回あったんじゃないの?
たか何とかっていう者を知っているかって、お父さん私に聞いてたじゃないの。
そう彼女はぴしゃりと父に言って、責めるような、疑うような顔つきで眉間に皺を寄せると父を睨んだ。
父は困ったような恍けたような表情で、
いやー、お父さんよく知らんけどな、などと言う。
彼女が、では誰から電話があったのかと聞くと、さあ誰だったかなと、
父はそろそろ腰を浮かせて逃げ腰となり、そそくさと何処かへ出て行ってしまった。
眉間に皺を寄せたまま、初子はさっぱり訳が分からない状態でいた。
まあ、思えば鷹夫は昨日のあの調子である、酷ければ今日は1日二日酔いだ。
それにやはり、昨日の事はサッパリと忘れてしまっている鷹夫であるかもしれない。
そう思うと、昨日の出来事は当てにならない話なのかもしれないと、
初子は電話の方には見切りをつけて、テレビの面白い番組等に見入ってその晩を過ごした。
そして翌日、翌々日の事、漸く鷹夫から電話が掛かって来た。
電話は夕方の明るい時間であり、仕事が休みの日であったから、初子が直に取る事になった。
父は幸いな事に留守であった。
「初子さんですか?」
確りとした鷹夫の声である。
はいそうですと初子がにこやかに答えると、向こうは、僕達交際していますよね、と問いかけて来る。
僕、交際してくださいって言いましたよね。とも聞いてくるので、彼女はそうですと答える。
それで初子さんOKされたんでしたよね。と初子は言われるので、
彼女は当然、はい、OKします、交際します、と答えた。と返事をする。
そうですよね。と明るい彼の声が電話口に返って来た。
ここで初子が彼の連絡先を訊こうと思い、
「それで鷹夫さんの電話番号は?」
の、「そ」が今しも彼女の口から出るというタイミングでガチャンと電話は切れた。
?
こうなると、初子もしかめっ面をして首を傾げてしまう。
父といい鷹夫といい、一体どうなっているのだろう?
何だか妙だ。初子には如何にも不思議な交際のスタートであった。