富士雄から電話があった翌日、当の鷹夫から予定通りに電話があった。
「ああ、はいはい聞いていますよ。」
鷹夫の自己紹介を聞いた初子の父はやはりなと富士雄の事を気の毒に思う。
『少しおかしいんだな。』
まあ、約束だから一応初子に取り次いでやろうと、父は電話の所からやおら立ちあがると、
初子に内心の恐れを悟られないようにそろそろと彼女に近付いた。
たか何とかいう者から電話だと告げた。
初子は出ないだろう 。今はまだ娘はにこやかだが、またガラッと顔の景色が変わって、
自分はきつっと睨まれ、やいのやいのと怒鳴られるのだろうと思うと、彼女の父は内心げんなりして来た。
父は覚悟を決めて目を反らしながら、彼女に電話に出てみないかと言ってみた。
この後、父は耳を塞ぎたい衝動に駆られながら初子の返事を待った。
が、意外な事に直ぐ初子は嬉しそうに承諾した。
うんと言って電話の所へ立って行く。
『嘘!だろう…』
父は信じられないものを見る心地だった。
あの初子が、嬉しそうに男性からの電話に出るなんて…。
天地がひっくり返った心地がする、おいおいこれは、天変地異の前触れかと開いた口が塞がらなかった。
父はそのまま、電話の彼女の側に寄れずに離れて見ていた。
耳だけはそば立てていたが、気が動転していて娘の声がよく聞き取れなかった。
彼が茫然としている内に電話は終わった。
やはりなと父は思う。
うまく行かなかったのだ、こんなに直ぐに受話器を掛けるんだから。
『が、…』と彼は思った。
はて?、確かあの子は交際します。と言ってなかったかな?
そう思い直して彼女にちらっと確認してみる。
お前交際するって言ったのか?
娘がそうだよと言うので、父は喜ぶ以前にふらっと気が抜けた。
そしてその後に、フツフツと緩やかに幸福感が湧き上がって来る。
『初子が、娘が、遂に男の子と交際するんだ。』
この時が来たのだと、父の瞼には滲んで来るものがあった。
そして堪え様も無く次から次へと溢れて来る。
お父さん、ちょっと出てくるから。
細々とそう娘に言うと、涙を見られたくない父は、
ひょろひょろと横風に煽られるように玄関から何処かへ消えてしまった。