ところが、1ダースという本数でもその処理には困りませんでした。
何故なら、この鉛筆全てを私が処理した訳ではないからです。
鉛筆の箱を貰ってから2、3日して、父があの鉛筆全部使ったか?と聞いて来るので、
私は、まさか、こんなに短い日数で全部使う訳が無いでしょう。と驚いて答えました。
最初の1本でさえ使い切っていないのに、次の鉛筆を使う訳が無いわ。そう言うと、
私は机の引き出しから未だに手付かずの箱を取り出して父に見せました。
父は内心絶句したのか、予想通りだと思ったのか暫し言葉は無く、
ややへの字にした口を半開きにしていましたが、
「お父さんに1本その鉛筆をくれ。」
と言うので、いいよ、元々お父さんのお金から出ているんだから、と私が言うと、
鉛筆の箱を差し出す私からその箱を受け取り、自ら鉛筆を取出すと、
急に気が変わったように、もう2、3本貰っていいかと聞くのです。
もちろん。いいよと私が言うと、父は鉛筆を4本程取り出し、その内の1本を私に差し出すと、
もう1本くらい削って、おいて置いたらどうだと言うのです。
それもそうかなと、私はその1本を受け取り、削って筆箱に収めました。
父は傍らで私の様子を眺めていましたが、もう1本要るんじゃないかと言うので、
2本でいいんじゃないの、今はシャープペンシルもあるもの。
と、私は清書するような文章以外鉛筆はもう使わない旨を説明しました。
数学などはもちろんシャープペンシルです。計算には便利です。
書く時間が短縮できますからね。字も細く細かく描く事が出来ます。
私は中学になる以前から、従姉妹に勧められてもうシャープペンシルを使っていました。
父もその事は知っていました。何度か私がプリントなど書いているのを見ていましたから。
「いや、それでも、文を書くには1回に3本は必要だろう。」
削る手間とか時間とか惜しいだろう、そんな事を、父にするとそれとなく私に打診したつもりなのでしょうが、
私にすると、父は何を思っているのだろうと、今更作文なんて、中学生はそう書かないものよ!
そう思ってしまうのでした。
「お父さん、中学生になると作文なんて無いわよ。調べ物のㇾポートに使うくらいなの。」
実際にそのㇾポーㇳさえ、実はシャープペンシルで書く事も多くなって来ていました。
私は本当に申し訳程度の物書きにしか臙脂色の鉛筆を使っていなかったのです。
後から来たこの箱入りの鉛筆は、私には相当なプレッシャーになりそうでした。
『困ったわね、もう1度日記を書こうかしら。』
そう思いながら渋い顔をして父を見上げると、その困惑した私の顔を見て、
父は、もう2、3本くれなと言って鉛筆を箱から抜き出すと、かなり軽くなった箱を私に手渡すのでした。
おおお、これは!
私は内心良かったと思い、目を輝かせて箱を見つめると、父の曖昧な微笑に気が付きました。
そこで本当に申し訳ないので、私はまた日記を書こうと決心しました。
神妙に父の目の前でもう1本鉛筆を削ると、
父はしてやったりというような表情を抑えたような微笑みを浮かべて、
うんうんと頷いた事に自分で気付いたかどうか、疑わしげに見詰める私をあとに漸く去って行きました。
『何故こう迄、いろいろ鉛筆を用意して迄私に何を書かせたいのか?』
私はこの時も疑問に思ったのですが、取り合えず日記の再スタートをしてみました。
兎に角、前よりは長く書こうと努力しました。
が、1カ月続いたかどうか。
流石に私ももう投げやりになり、折角の高品質の鉛筆も「猫に小判」、
溜め息と共に一応ある程度使い込まれて短くなった鉛筆を見つめると、
その臙脂色の背にもうご勘弁をと願うのでした。