Jun日記(さと さとみの世界)

趣味の日記&作品のブログ

straw  hat 10

2017-01-29 12:01:33 | 日記

 「あなた、新婚旅行で会った外国の人に、飽きたらやるから隠れて見ていればいいさ、

って言ったんですって。」

その日帰宅した竹雄に、薫子は落ち付きながらも、ややきつめの声で真偽を問うのだった。

夫の方は薄い笑いを浮かべていたが、如何とも、否定も肯定もしなかった。

「如何なんです。」

更に彼女が問いただすと、彼は、

「人を好きになる気持ちが分からないの?」

僕には分るな、と言ったものだ。

 それでは私は朴念仁だとでも言いたいのか、と薫子は思った。

自分の妻の傍に、妻に恋する男性を寄せて置くなんて、決して良い結果にはならない、

私ならそう思うと彼女は内心思った。

一体どういう人物なのだろう、竹雄という人物について、彼女はそれまで大目に見てきた彼への配慮を、

全く改めた方がよいと悟るのだった。

 堅実で実直、節約家で質実剛健、夏に麦わら帽子1個で過ごす彼女にとって、

お洒落な帽子を買わなかったのかと言った夫。

彼にすると化粧っ気も無い気取らない彼女は、面白みのない女性だったのかもしれない。

贅沢にしていいと言っても、店で安価な物しか購入してこない彼女に、小馬鹿な目だけを向けていたのかも知れなかった。

家族の健康や家の貯蓄、堅実な将来設計を描く彼女に、堅苦しい思いだけを募らせていたのかもしれない竹雄。

彼女は本の4ヶ月程度の結婚生活だったが、自分の結婚が最初から破綻していた事に改めて思い至ると、

今更のように後悔の念を抱くのだった。

 幼い頃に祖母に買ってもらった麦わら帽子に、素朴で質素なその容姿ではあるけれど、

自然で穏やかな影の効用を嬉しく感じ取った薫子。

灼熱の夏の日差しから、涼やかな陰で自分の身を守ってくれるありがたい連れ合い。

そんな麦わら帽子が気に入っていた彼女。

夫にはその良さが分からないのだ、素朴な麦わら帽子なのに。

 彼女は次の日、今年の夏の始めに買った麦わら帽子を手に、山の端に登った。

足下の眼下は崖、その遥か下には静かに波が寄せては返していた。

夏の海は深い群青色で妥協を許さぬ濃さに染まっていた。

 彼女が手にした麦わら帽子には、長い飾りリボンが付いていた。

彼女がこの帽子を選んだのは、このリボンの柄と色合い、風に靡く様が気に入ったからだった。

普段なら売れ残りの安物しか買わない彼女、今年は夫の資産で好きに買う事が出来た。

だから、麦わら帽子と雖も、何時もより高価な値で買った麦わら帽子だった。

そのせいか鍔が広く、何時もなら襟足迄しか無いひさしが、肩を覆うくらい迄に広々とあった。

その分影も大きく出来る。今夏の激しい日差しから、存分に彼女の体を守ってくれた。

彼女はこの今年の麦わら帽子が、今まで彼女が選んだ帽子の中で1番気に入っていた。

しかし、この帽子は自分のお金で買ったものでは無かった。

夫の収入で買ったものだと思うと、今までの常の外出のお伴という愛着が、すっかり嫌悪に変わった。

 彼女は崖の上から海を見下ろすと、手に持っていた麦わら帽子を水平に吹いてくる風に載せて下へと投げやった。

海から吹いてくる風に煽られながら、帽子はくるくると舞い上がり、

一旦地上に戻りそうになりながら、それでもくるくると下へと降りて行った。

 

 

 終り

 


straw  hat 9

2017-01-29 12:01:13 | 日記

 2日程して、また隣の奥様が薫子に言った。

「お宅のご主人どういう人なんでしょうね。」

何でも、飽きたらやるから、付いて来て隠れて見ていればいいさ、と彼に言ったというのだ。

『家の主人が?』

薫子は彼がそんな事を言ったかどうか不審に思ったが、見合い結婚で交際期間が短かった事から、

竹雄の性格、人となりという物がまだよく分からないでいるという事実があった。

本当にそんな変な事を言ったのだろうか?彼は長く私と結婚生活を続ける気が無いのに結婚したのだろうか?

薫子にすると如何にも不思議な事態であった。お隣の奥様の言葉を鵜吞みに出来ない彼女だった。

 また奥様はこんな話をした。

自分の出身地の近所に、やはり新婚旅行先で外国人の男性に見初められ、そのままついて来られた女性がいた。

その女性はその後夫と別れ、ついて来た外国人男性と結婚した。

2年程して近所の人がその女性を訪ねていくと、向こうで雲の上のような生活をしていたそうだ。と。

薫子が奥様の話に耳を傾けている内に、物語は段々と真実味を帯びてくるのだった。

非現実的な話と疑いながらも、薫子は、こんな事本当にあるのだろうかと半信半疑の気持ちで一杯になるのだった。

 そしてその後、今日その外国人の青年が、到頭自分の目の前に立ちはだかるまで、

彼女は彼の事を特に気に留めないよう、素知らぬ顔で知らぬ存ぜぬを通してきたのだった。

何故なら、彼女の方は一度結婚したからには、自分の家庭をきちんと築き上げて行こう、

終生添い遂げようという気持ちで一杯だったからだった。

夫の真意は分からなかったが、彼女はせっせと自分の家庭を築き上げて行く努力をしていた。

彼女にとってこの外人男姓は迷惑そのものであり、文字通りの彼女の家庭の外の人であった。

 『今日の午前中までは何事も無かったのに…。』

彼女はこの件について、夫と早急に話をせねばならないと決意するのだった。

思えば4か月ほどの間、ジープの中は元より、山道では山頂、草むらの中、畑の道では畑作業の人々に交じって、

何時しか髪の色を黒っぽく変え、ダークなTシャツと簡素なズボン、黒いサングラスという出で立ちになった彼。

そんな彼の視線を感じながら、彼女は外出中に目の端々に彼を捉えていた。

 山道の草叢などでは、黒い頭、黒いシャツの一部、肩先など、緑に生い茂る草の中で見え隠れしていたものだ。

ここはかなり自然が残る山の中だった。実際に彼女自身、相当震え上がる様な長い動物も何度か目にしていた。

何がいるか、何が生えているか分からないような草叢に、じっと身を伏せる彼に、

草や木では無い彼女の心は、内心酷く同情してしまうのだった。

 それでも、自分がそ知らぬ顔をしていれば、いつか彼も諦めて現れなくなるだろうと心の片隅で願っていた。

そう、今日の午前中までは…。

夢見がちな微笑みと、ほのぼのとした気持ちをきりっと引き締めながら、彼女は自宅の玄関に漸く辿り着いた。

 

 

 


straw  hat 8

2017-01-29 12:00:54 | 日記

 あのジープ奥さんと一緒に来たのよ。

 訂正するなら早い方がいい。

この言葉の意味は、既に薫子にも朧げに分かっていた。

あの外人男性にも、どうやら彼女は見覚えがあるのだ。何日か前の新婚旅行の度先で見たように思う。

夫と2人で渡航先の現地の土産物屋にいた時、品物を物色しながら彼女は夫から離れ、

1人で品物を見ながらあれこれといじり、ぽつぽつ独り言を言っていた。

そして振り向くと、彼女の後ろに背広姿で品の良い若い外国人の男性が立っていた。

最初彼女は外国人の少年かと思ったが、きちんとした背広姿、背筋のピンと伸びた身のこなしから、

そう背は高くないが成人男性なのだと感じた。

彼の顔には好意的な微笑みが浮かび、振り向いた彼女に何か語り掛けたそうな表情をしていた。

瞳の色は水色か緑色だったと思う。英語が苦手な彼女は何か話しかけられない内にと、

そそくさとその場を離れてしまったものだ。

 『あの時の人だろうか。』

彼女はその時からここ迄、彼が自分の後について来たのだろうかと訝った。

その後の旅行の日程でも、彼女は自分の周囲に彼がいるなどとは全く気が付かなかったのだ。

『本当にあの時の外人さんなんだろうか?』

彼女にははっきりとした確信が無かった。

 家の傍の道で、隣の奥様と外人男性を目撃した翌日、薫子は隣の奥様から、家の前でまた話しかけられた。

「貴族のお家柄だそうですよ、素晴らしいですね。」

やや頬を染めて笑顔で隣の奥様は薫子にそう言った。

薫子にすると、昨日2人の喧嘩を見た後だったので、この奥様の彼に対する好意的な発言が何だか腑に落ちなかった。

何故隣の奥様はこんな話ばかりを私にするのだろうか?

新婚ほやほやの人に、意味ありげに問いかけるような物言いをする。薫子には如何も引っかかるのだ。

 薫子は自分自身がそんなにモテるタイプだとは思っていなかった。

もちろん相手は外人さんの事だ、好みは日本人とは違うのかもしれないけれど、それでも如何にも不思議だった。

外国の貴族の男性、彼女の後を追って来た。どうやら自分に恋をしているらしい。

乙女にすると夢物語のような設定だ。

降って湧いたようなメルヘンの世界が、尚更に彼女に猜疑心を呼び起こすのだった。

真偽を確かめるまでは迂闊な行動はしない方がよい、と彼女は思うのだった。

 


straw  hat 7

2017-01-29 12:00:35 | 日記

 隣の奥様からジープについて聞いた次の日であった。

薫子は隣の奥様が道にいるのを見た。ジープに乗ってきた若い男性もいる。

2人は道に止まったジープの傍らで何やらにこやかに話しているのだ。

薫子はこの2人の様子を、自宅の窓外に見つけてからじっと見守っていた。

 その内2人は何だか言い合っているような感じになった。

奥様の顔は、薫子の家の窓からは後姿なのでよく見えなかったが、もう笑ってはいない気配だった。

若い男性の方も、少し険しい顔付きになった。

彼は盛んに口を動かし、奥様の方も肩が揺れて何か彼に意見している様子だ。

如何やら2人が言い争いをしているのは確からしかった。

やがて奥様の方は肩を落とした感じで相手の話を聞くのみとなり、最後は男性の方がそっぽを向いたような感じで、

2人の話は決裂した様相に変わった。

 薫子は既にジープについて奥様の話を聞いた後だったので、外の2人の様子を興味深く見守っていた。

男性の方はこちらに顔が向いていたので、その顔色と様子から、家の中の薫子に気付いたようだった。

薫子もそれと分かり、窓から離れようかと迷う中で2人の話し合いは終わったのだった。

 隣の奥様は男性にくるりと背を向けて、そのまま家の陰に消えた。彼女の顔色は冴えなかった。

奥様はどうやら自宅に戻ったらしい、姿が消えた方向に彼女の家の玄関があった。

薫子は遠目に1人とり残されて道に立つ男性の姿を眺めていた。

 彼女の視線に本当は気付いているのかいないのか、彼は道に佇み凛として微笑んでいた。

相変わらず畑の道には似つかわしくない背広姿だった。

が、その着こなしはカジュアルな感じで砕けたものになっていた。

 『外人さんよね。』

彼女は思った。茶色系の髪の色からみても落ち着いた雰囲気の人だ。

隣の奥様と並んでいたので背丈もそう高くない事が分かる。体格もほっそりしている。

彼女が相変わらず彼の事を眺めているのを本人が知ってか知らずか、

にこやかに悪びれるところなく道で出で立っているところを見ると、

彼は決して嫌な雰囲気の人ではなく、反対に好感の持てる人物に彼女には思えるのだった。

少なくとも薫子には、その時、彼を嫌いになる要素を全く彼の雰囲気の中に見出せ無いでいた。

明るくて清らかで純真、いかにも若者然とした彼の様子を見て、薫子は隣の奥様の言葉を思い浮かべていた。

 

 


straw  hat 6

2017-01-29 12:00:16 | 日記

 お隣の奥様と別れて、薫子は家の畑側の窓辺に寄ると、窓から見える外のジープを眺めた。

そして、2日前に彼女がこの窓の障子を初めて開けた時に見えた、その道での光景を思い出した。

ジープはまだエンジンが掛かっているらしくフルフルと震えていた。車が止まった直後だったのかもしれない。

やがてガチャリというような感じでドアが開き、待ち切れないようにさっと若い男性が下りてきた。

晴れ晴れとした笑顔で、よく山になど登った時に頂上で皆が見せるような、すっきりとした表情をしていた。

新鮮な空気に生き返った様だという、あの顔つきだ。

リフレッシュされた清々しい輝きのある笑顔で品があった。視線はやや上方を見上げていた。

彼の服装も薄い色の背広の上下で、多分3つ揃いだったと思う。

上品で仕立ての良い感じで、着る者の品格の良さを感じさせる印象を与えていた。

 その時彼女は窓外の様子に特にどう思うという事も無かったが、

この家に到着後、お茶を用意しようとしていたので、コンロでお湯を沸かしていた。

それでそちらの方が気になり、直ぐに台所に取って返した。

 今から思うと、ちらりと見ただけの光景だったが、あの様子はこの土地にはかなり不釣り合いな光景であった。

その事に、この時彼女はまだ気付いていなかった。が、

ジープの助手席に乗ってきた若い男性と、運転席から降りてきた濃い目の背広姿の年配の男性、

後方のドアから出てきたかなり年配の男性の3人の風体を彼女は確りと後々まで覚えていた。

客と案内人、または主と使用人、坊ちゃんと執事のような雰囲気を感じたからだった。

これは彼女にとっては非日常的な光景だった。ちらりと見ただけでも印象深かった。

 若い男性は背広と同様に色白で薄い茶色の髪の毛と眼鏡を掛けていた。目の色も黒くは無かったようだった。

運転手の男性は何か説明をしているようだった。身振り手振りで絶えず口を動かしていた。

若い男性はその説明を聞いている様子だった。

後ろのかなり年嵩の男性は疲労困憊の体であった。腰が延びない風情だったのだ。

相当遜った感じで若い男性に付き添っていた。若い男性はその彼の疲労に気付き、労わっているように見えた。

 ちらっとでもこれだけの事が彼女の目と脳裏に入って来たのだから、

新しい住宅の窓からは、何でもはっきりと見えるものだと、この時薫子は思った。