「はい」
そう言って父から、私が鉛筆の箱を手渡されたのは4日程過ぎた頃でした。
あれ?箱を覗いてみると、あの臙脂色の鉛筆が1箱入っていました。1ダースです。
「えっ!」
よかったのに、高いから、冗談だったのよ。と、私はびっくりして父に言いました。
父は控えめな感じで、いいからと言うと使いなさいと言って、私が返すその箱を受け取らずに行ってしまいました。
えーっと、益々私はびっくり仰天です。
どう仕様もなく、暫く手に持った箱をしげしげと見つめていました。
それから、中の鉛筆をざらっと掌に出してみると、
その艶やかな臙脂色の光沢に再び魅了されて見入ってしまいました。
1本でさえ高いのに、箱入りなんて、父は一体如何したのだろう?
何時も口数の多い父が、妙に静かな物腰で言葉少なであった事、
また、返す私から鉛筆を受け取らず直ぐに行ってしまった事等、
何だか何時もと違う父の様子も気になりました。
何時もなら、いらない?そうかそうか、折角高い物を買ってやったのに、いらないと言うとはな…
これはこれは、お釈迦様でもご存じあるまい…それではこれは勿体ないからお父さんが貰って置こう。
ほんとに要らないのか?
など、面白おかしく人の言葉を茶化したように切り返して長話する父が、
神妙とまでは行かなくても、かなり静かな物腰で来て去って行ったのですから、
私の気持ちに引っ掛かりになら無い訳がありません。
『いやに真面目だったなぁ。』
そんな父の気真面目な様子も、この鉛筆の量とそれだけの高価さに相まって、妙に私に圧迫感を与えるのでした。
こんなに沢山の鉛筆で何を書けというんだ!
幾らのんびり屋の私でも、内心相当焦りました。
文章を書くには多すぎる量です。1本でさえ持て余しているのに。