再び場面変って花子の下宿の部屋。
壁には森のポートレートが画鋲で止めてある。
登場人物は花子と咲子のみ
第3幕
下宿の玄関ドアの開く音、花子のただいまという声とドアの閉まる音、下駄箱の開閉の音、廊下の足音。
ドアが開いて花子が入って来る。
花子「ああ疲れた。」
壁に貼ってあるポートレートまで歩いて行き、にこやかに写真の森に向かって声をかける。
花子「ただいま、森さん。今日もがんばりました。」
花子、疲れた疲れたと鞄を置き、畳にしゃがみ込む。その後よっこらしょと起き上がると、立ってドアを出て食堂へ。
ガラガラと引き戸の音、雑談と、花子のお茶の缶は何処?の声、下宿人のここよ、ポットはここねの声がする。
引き戸の開く音、廊下の足音。
花子の声ははは、咲子の声じゃあ、後でね、の後に花子ドアから再登場する。
花子、湯呑を持ってテーブル(布団なしのコタツ、やぐらの上に天板を載せた物)に座る。
お茶を飲みながら寛ぐ花子。
壁の写真を眺めている。と、ドアにノック、返事をすると咲子が入って来る。手にお茶の入った湯呑を持っている。
咲子「いやぁ、今日の社会学の講義。教授可笑しかったね。」
花子「ああ、あの先生いつも変だよね。今日は如何したんだろう?、何だか浮かれてたみたいね。」
咲子「およっ、浮かれてたっていうより、馬鹿みたいだったよ。」
花子「そんな、それは言い過ぎかもしれないけど、お子さんのお話だけに、親馬鹿といえば馬鹿かも。」
はははははと大きな声で笑い転げる2人。
咲子、笑いながら壁の写真に目が行き、笑うのを止めて、写真の傍まで行き眺める。
咲子「いい写真だよね。」
呟く。
花子「ほんと,いい写真よ。」
咲子と写真を見比べる花子。その気配にドキッとしたように咲子が振り返る。やや沈みがちな咲子。
咲子、テーブルまで戻ってきて座り花子と話し始める。
花子「あの写真、ほんとに咲子さんが撮ったの?」
咲子驚く。
咲子「如何して?」
花子「そうじゃ無いって言う人もいたものだから。」
咲子「誰?」
花子「あの写真を森さんが撮るところを見ていた人よ。」
咲子、背筋がしゃんとした感じで思い当たった感じ。神妙な面持ち。
花子「森さんが自分で三脚で撮ったんだって?」
咲子、がっくりとうな垂れて
咲子「なんだ、花子さん知ってたのか。」
花子「まあね、でも、如何してムリ言ってまで貰って来た写真なのに、私にくれたの?」
咲子「私、無理言って無いよ。向こうが要らないってくれたんだ。」
ムッとした感じで咲子。
咲子「それに、写真、花子さんが欲しいって言ったから。…私、要らなかったし。」
花子、咲子の答えを聞いて眉間に皺を寄せながら、
花子「その前に、咲子さんの方から上げようかって言ったよ。」
咲子「そうだっけ?」
花子「そうよ。」
2人見つめ合って黙る。
咲子「如何だっていいじゃない、花子さんあの写真気に入っているんでしょう?」
花子「うん、まあね、いいなぁって思っているのよ。」
咲子「森さんを?写真を?」
花子「どちらも。両方ともよ。」
咲子、そうかと曖昧に微笑む。
やや間があって花子が話し始める
花子「ねぇ、咲子さん、『絵姿女房』っていう話知ってる?」
顔を伏せる咲子
咲子「知ってるけど。」
花子「あの写真を見ていると、あの話を思い出すのよ。」
夢見るような顔で絵姿女房の粗筋を話し始める花子
花子「それでね、ゼミや学校で森さんに会えない時は、あの写真を見ると森さんを思い出すのよ。」
咲子「へぇ~。」
花子「私にとってあの写真が絵姿なのかなぁ。学校から帰って来て部屋に入って。ただいまと写真に挨拶する。
あの写真の森さんの笑顔に迎えられると、何だかほっとして、心がほっかり温まるような感じがするの。」
咲子、興味なさそうに
咲子「ふ~ん。」
咲子顔を上げて花子の顔を見る、ニコッと笑って、
咲子「良かったね、気に入って。森さんだか、写真だか、…」
咲子、又うつむいて何やら考え込む。
花子、そんな咲子を見つめている。咲子の次の言葉を待っている感じ。
咲子「あの写真、やっぱり返して。」
花子面白そうに笑顔になる。
咲子「ねえ、返してよ。」
花子、ウフフフフと笑いながら、
花子「ねえ、女の人が花なら、男の人は木でしょう。」
咲子「…?」
花子「よく男の人の両方に女の人が並んでいると両手に花とかいうじゃない。」
咲子「うん?」
花子「だから、森さんの両側に私達が並ぶと森さんは両手に花。」
咲子、訳が分からず顔をしかめる
咲子「だから?」
花子終始笑顔
花子「森さんは男の人だから木よね、
花子「木の前で木の森さんが写真に写っている。」
花子「気に入った木の森さんが木の前にいるから。
きにいったきだけにきょうはきっちりきれいにかえせない」
咲子「…」
考えてやおら立ち上がる咲子、
咲子「写真には木が2本、森さんは森という漢字だけに木が3本、合わせて木が5本だと言いたいの。」
花子「特にそういう訳ではないけど、これに懲りたら自分の好きな人の写真は大事にしていて人には見せない事よ。」
花子「こんな風に私に取られて、後々後悔する事になったでしょう。」
咲子、苦笑いして
咲子「分かったから写真返して。」
花子「だから、私も気に入っているから、私に取って木である森さんの写真は、今日はきっちりと心にけじめをつけて、綺麗事を言うような態度で返せないわ。」
花子、思わず自分の言葉に話の途中から笑い転げてしまう。
咲子「もう、花子さんって、冗談ばっかりなんだから。」
同じように笑い転げながら、涙を流してしまう咲子。
泣いている咲子を見て、立ち上がり写真の画びょうを外し、写真を手に取ると咲子に手渡す花子。
花子「仕様の無い人ね。」
そう言って笑って、頷く花子。
泣きながら笑い、写真を受け取る咲子。
(終了)