Jun日記(さと さとみの世界)

趣味の日記&作品のブログ

初詣、9

2017-01-19 18:45:46 | 日記

 ミルがシルに事情を話していた頃、チルは夢子と宇宙船にいた。

「本当にこんな事が起きるなんて、夢のようだわ。」

夢子は名前の通り、夢見る瞳で窓外に見える小さな青い地球を眺めていた。

ここは艦内にあるチルの自室である。

こうやって夢子が実際に宇宙から地球を眺めてみると、彼女が常日頃考えていたより深く美しい群青色である。

何故このような事になってしまったのだろう、夢子は考えていた。

 事の次第はこうである。

一昨年の2人の出会いから、彼女達の高校の同級生を伝にして、

チルこと富士雄は大学の後輩にその仲を取りもってもらったのだ。

知性派のチルの事、書類や履歴の偽造工作はそう訳なかった。

その後はそれとなく大学や下宿、学生の間に紛れ込み、彼は如何にもその年代の学生然と暮らしてみせていた。

お陰で夢子とはすんなりと出会いの年の冬休みから交際をスタートさせた。

流石にチルは超エリート士官である。

同期の中では群を抜いて優秀なミルでさえも、まだ初子にたどり着けないでいる中、

艦内では知性派のチルで通っていただけに、こんなに行動力もあったのだとミルを驚かせていた。

 さて、2人が交際をスタートさせた頃、

ミルの方は高校の名簿を手に入れるべくまだ彼女達の母校に忍び込んだままだった。

案外凝り性のミルは校舎内で、名簿の書類以外の彼女達の知識レベル、

その他資料、教材にも目を奪われてしまった。

各教室、施設など覗き、地球人の隙を見ては学校内をうろつき回っていた。

その後は他の教育施設を巡り、設備内に籠っては、彼女達の文化レベルの学習に興味を募らせていた。

 彼は本来の任務を忘れていた訳ではない。ちゃんと初子の調査もしていた。

ミルが困った事には手に入れた彼女の名簿に同名の生徒がいた。

どちらが本人か特定してから、彼女のロマンチックな嗜好などもきちんと下調べして、

漸く一年後の夏に同じ海岸での出会いをセッティングした。

 同日同時刻に同じ場所で出逢うのだから、それこそロマンチックな再会といわねばならない。

初子はこれだけで十分、鷹夫ことミルに恋心を持つに至ったが、

彼女が親しく話してみると、その彼の学識の深い事に益々尊敬の念を抱き、今や運命の絆を感じていた。

自分の将来の伴侶は彼以外に無い、というような現在の彼女の惚れ込みようだった。

  さて、チルと夢子に話を戻そう。

ミル達2人に比べて早々にスタートを切ったチルと夢子、交際の深まりも早かった。

チルは就職活動、卒論作成と偽っては母船に戻り、彼女との交際経過をリポートにまとめていたが、

地上での足の着いた血の通った様な彼女との生活が、

これまでの宇宙空間での無味乾燥とした、旅行の様な生活が長かったチルにとって、

故郷の家族を思い出すような、非常にかけがえの無い心温まる生活となってしまった。

 そして、ある日、チルはとうとう彼女と異種族の間の一線を越える事態に陥ってしまった。

しかし、彼女との間は彼にとってリサーチ中の実験のような物、決して真実の恋愛ではない。

そう思うと、チルは彼女への後ろめたさから別れを切り出し、そのまま直ぐに宇宙へと戻ったのである。

  研究対象だった事を夢子は知らない。

自分の正体を知られる前にチルは調査を打ち切ったのである。

エリートらしからぬ落とし穴にはまってしまったチルは傷心の体であった。

  さて、意外な事に、事態は2人の別離で収まらなくなってしまった。

何故なら、別れた直後に夢子は自身の体に体調の異変を感じたのである。

 まさか、もしかしたらと思ったが、彼女の予想は当たっていた。

彼女の中に富士雄との新しい生命が宿ったのである。当然彼女は困惑した。

 慌てて富士雄に連絡をとろうとしたが、どういう訳か彼と連絡がつかない。

如何しようか、1人でも子供を産んで育てようか、如何したらよいかと迷う内にその年も年の瀬となった。

夜、煩悩を払う除夜の鐘がボーンと響いて来た。

その鐘の音を聞く内に、自身に芽生えた生命への愛情から彼女は母となる決断を下した。

否、それは彼女の富士雄への断ち切れない愛情が下した結論であったかもしれない。

 こうして1人で母となる決意をして夢子は新しい年に臨んだ。

1人愛する富士雄さんの面影を胸に、その年生まれて来る子と共に生きようと決めたものの、

この先の母子の生活を思うと、やはり彼女は不安になり涙ぐんでしまうのだった。

 そんな時に初子と共に来た咲花神社の初詣で、思いがけず富士雄に似たチルを見掛けたのだ。

彼女は最初富士雄に似ている人と思い、いや違うのだと心に打消し、

後に、しかしそれでもそれはやはり富士雄だと感じたのである。

確かに、それは実際に富士雄であるチルであったから、夢子の判断は正しかったのだ。

 シルとミルから離れ1人宇宙船に戻ろうとして、チルがお札販売所の表にやって来た時、

反対側から急いで回り込んで来た夢子に捉まり、一瞬、その彼女の一心に彼を見つめる愛くるしい面差しに躊躇したチル。

暫し彼女の話を聞く内に、彼女に宿ったその新しい生命の事を彼は衝撃的に知ったのである。

こうなると、彼も到底地表にこのまま彼女を放って置く事など出来なかったのである。

そこでチルも、手短に彼女に自分が異星人である事を話すと、

その場から2人でこの宇宙船へと急ぎ戻ったのである。

 チルは今、夢子を1人艦内の自室に残すと、艦長に事の次第を説明する為に出向いているところだった。

艦長は夢子と富士雄との仲を許してくれるだろうか?

彼女が艦内に留まる事を許可してくれるだろうか?

この先2人の子供は無事生まれる事が出来るのだろうか?

そんな事を不安に思いながら、

夢子はドアの外に富士雄が戻ってくる足音が聞こえて来るのを、耳を澄まして静かに待っていた。

 室内の窓の外には地球、そしてその向こうには底知れぬ深淵な宇宙空間が広がっている。

その遠く果てし無い場所、見ず知らずの先に彼の故郷があり家族もいるのだろう。

自分が想像さえ出来ないそんな彼方から、彼がこの自分が生まれた地球という或る1つの星に来たのだと思うと、

夢子は想像を絶する距離の彼方で生まれた2人が此処で出会い、

彼女のDNAが選んだ彼、また彼のDNAが選んだ彼女、という壮大で不思議な巡り合わせに、

奇跡的な、そして太古からの必然的でさえあるような、奇妙な古の絆を感じるのだった。

 

 

(初詣、終わり)


初詣、8

2017-01-19 13:28:15 | 日記

 如何しよう。

ミルは思う。

何か問題があって、それを相談するのには、艦内広しと雖もシルほどの適任者はいないだろう。

自分にとってもシルは話しやすい仲間だった。ここは相談に乗ってもらった方がよいと彼は判断した。

 「実は…」

かくかく云々だとミルはシルに話し始めた。

 それは一昨年の夏の事だった。シルは副長のチルに呼ばれた。

副長の話はこれから2人で特殊任務を行うという出だしだった。

他の乗員には内密にと念を押されて副長の話は続いた。

副長の話はこうだ。

 我々の種族が植民できそうな星を探して来たこの星だが、

今回はいよいよこの星の人々との関わり、交際について学びたいと思う。

ミル、私と君と2人でこの星の女性との関わり方について調査する。

 こういう話で、副長はミルと目立たないように星の小さな島を選んだ。

その島でも知られないような辺境の地、海辺にある町を選んで地表に降り立った。

夏の海岸には様々な色合いの衣類、大小からユニホームの切れ端のような物さえ身に着けた感の人々がいた。

ここまで来ると何も衣類が必要ないのではと思いたくなる人もいたが、

彼等が来た海辺には、この星の他の海辺にいるような、全く何も身に着けていないという人はいなかった。

老若男女、この星の様々な年代の人々がいたので、

その発生直後から幼年、青年、成人から老人に至る迄の、体形的な推移を手に取るように観察する事が出来た。

しかも皆ほぼ全裸に近いので非常に参考になる場所だった。

 交際についても、異性間の初めの1歩、学ぶに丁度良い言葉掛け、挨拶の言葉があちらこちらで発せられていた。

彼等が採取した言葉の内、丁度良い男性陣のサンプルを選ぶと、

チルとミルの2人は自分達の外見をこの土地の若い男性にやつした。

 そうして海岸に手ごろな女性の2人連れを見つけると、

この地方の男性がしているように泳いで2人の女性の後を追い始めた。

彼女達に自分達の行動を、チルとミルに後を追われているのだと気付かれると、早速選んだ言葉を掛けてみた。

 この時、女性陣の方は先を見越したように飛び込み台の上にのんびりと腰かけていた。

満を持した副長のチルが声をかける。

「お嬢さん方、僕たち○○大学の何年生の者ですが、一緒に泳ぎませんか?」

まぁ、ほほほ、と、この辺りのやり取りはどの男女の例もさして大差がなかったので、事は万事順調に運び、

目出度く即席の海岸男女2カップルの誕生となった。

 しかし、この星の女性陣は複雑である。この2人が複雑だったのかもしれないが、

この2カップルはその日1日で終了となった。

夕方になると、名前や住所を聞く彼ら2人を浜辺の駅に残し、彼女達2人はあっさりと電車に乗り帰ってしまったのだ。

しかし、この時ちゃんと彼女達の伏線は張られていた。

 彼女達は手掛かりとなる様な出身高校の名前と、自分達の下の名前を教えて行ってくれたのだ。

その手掛かりを元に、チルは夢子という名前の女性と、ミルは初子という名前の女性と、

それぞれに半年から1年越しで交際する迄に漕ぎ着けたのである。

 「この星の女性と交際するに至るには、半年から1年という、結構長期の期間を見ておかなければならない。」

交際初期のリポートにミルはこう書いた。副長がリポートに如何書いたかはミルの知る由もない。

 

 


初詣、7

2017-01-19 11:03:18 | 日記

 1人ベンチに取り残され、きょろきょろ辺りを見回す初子をミルはそれとなく眺めていた。

『可愛いなぁ、初ちゃん。』

思わず頬が染まってしまう。

横顔のミルの口端がくるくると円を描き頬に食い込む。

今回は確りと、初子もその異常な彼の笑顔を見てしまった。ドキッとしてしまう。

大気が少し冷え込んできたせいもあって、彼女はぶるっと身震いした。

その途端、その気持ちのオーラが揺らいだのだろう、ミルもハッとする。

自分の正体、延いてはシルとチルの2人の正体、

上空で控えている皆にまで及ぶ正体がばれてしまったのではと感じる。

『困った事になった。重大な事にならなければいいけど。』

 この時、傍らのミルの様子が何かしら変だとシルも感じる。

今思えば、このミルの普段とは違う様子は現在始まった事ではないように思う。

それに先程の副長も何だか何時もとは違うように思えた。

 今日、ここの神社に、地上のこの区域の人々の風習、お正月の初詣という恒例行事を観察に来た2人だったが、

ここに降り立った初めから、何となくそわそわしているようなミルの様子が気になってはいた。

『ここに着いた時から彼はおかしかったんだわ。』

彼女はそう思い当たると、思い切って横にいるミルに訊いてみる事にした。

「ミル、何かあったんじゃないの?」

多分、副長もそうなんだろうと彼に訊いてみる。


初詣、6

2017-01-19 09:40:07 | 日記

 「ああ、そうだが、大した事がなくて良かった。」

チルはにこやかな笑顔で、如何にも2人の上官らしく落ち着いた堂々とした物言いをした。

動作も洗練された物腰できびきびとしておりスマートだった。

シルにもう少し椅子に座ったままで休むように言いつけると、

傍らのミルに目配せし、話があるからとシルの傍から2人で遠ざかった。

 『駄目だよ、如何してああなる前に気付かなかったんだ。』

抑えた小声だったが、かなりきつい口調でミルを叱責した。

シルの様にテレパシーの感応度が強い人にとって、外部との拒絶という体が自然に行う防衛反応は、

限度を過ぎるとそのまま意識が戻らず、閉鎖状態のまま植物状態化してその生涯を閉じてしまう者もいるのだ。

実際、シルの前任がそうなり、ここでの調査探求がかなり遅れてしまった。

それほど、この地球上の人の精神構造は複雑だった。

彼らは以降、シル達テレパシー感応能力の強い者への配慮を怠らないでいた。

 『地上にいる時は特に注意が必要だと言って置いただろう。』

シルに見られないようにミルを睨みつけるチル。

副長の怒りに恐縮して畏まってしまうミルだが、口元には何故か含み笑いが浮かびそうになり、

必死にそれを堪えていた。

 『副長だって、偉そうな事は言えないな。』

ミルは思う。

ミルは最前、後方で話す2人のこの星の女性を見ていてある事に気付いたのだ。

それは副長と必ずしも無縁ではないと思う。ミルのその思いは確信といってもよかった。

自分の上官だと思えばこそ、その事について何も口に出さず確りと口を閉ざしていたのだ。

 程無く上官と部下のやり取りが終わり、2人が長椅子のシルの傍に戻って来た。

ちらっと眼を上げ、後ろの女性2人を見るチル。

シルにはもう少しここで休むように言うと、ミルに彼女の世話を任せ、

後程2人で共に船に戻るようにとテキパキ指示を出すと、足早に販売所の小屋表へと消えた。

 その様子を見ていた夢子は、口を一文字に結び、何事か決心したように不意に席を立った。

「初子、一寸ここで待っててね。」

そう初子に言い置いて、チルが向かった方向とは反対方向からお札販売所の小屋の表へと回り込んで行った。

 『トイレかしら?』

販売所の小屋の中にトイレでもあるのだろう。

そういえば、ここでじっとしていて冷えて来たわ。

何時もより暖かいと言っても冬の事、もう夢子が戻ってきたら帰らなくっちゃ。

初子はそう思った。

そう思いながら、目の前にまだ座っている2人の男女の姿を眺めていた。

所在が無いのだ。幾ら他人に対して疎い彼女でもあれこれと考えてしまう。

 兄妹かな、恋人同士かしら?

初子の目には2人が夫婦というには若い気がした。

兄妹ならさっきの人は2人のお兄さんね。

綺麗な銀髪だったなと彼女は思う。初子は自身がフアンの銀髪の映画俳優の事を考えていた。

 最近見た彼の映画、戦争物で上官を守るために自身が囮になり敵に撃たれて死んでしまう役だった。

その最後の場面で、煌き揺れる銀髪が効果的に俳優の死を演出していたので、

思わず映画を見ていた彼女は息を詰め、英雄的な彼の死に様に酷く魅了され涙ぐんだ。

 良かったな、あの揺れる銀髪。

さらさらと柔らかそうな銀髪が初子の目の前を過ぎった。

事実は彼女の脳裏に映像が浮かんだだけなのだろうが、実際に目の前にあの俳優の銀髪が揺らいだようにみえて、

初子は一瞬、きょろきょろと自分の周囲を見回すのだった。