ホテル玄関のガラス戸を通り過ぎ、外に出た私は透けたガラス窓越しにホテル内にいるアルパカを見やりました。するとご機嫌な顔付きでうきうきとした様子にみえました。人なら笑顔で嬉しそうな感じでしょう。『ごめんね、私は人間でアルパカじゃないから、あなたの相手はできないのよ。』そんな事を心の内に呟きながらホテルを後にしました。
私はホテルの傍を歩きながら、かつて飼っていた鳥達や親戚の家にいた犬などを思い出していました。彼等はよく慣れて私の指や足に絡みついて来たものです。それを思い出すと、とてもあんなに大きなアルパカの相手は出来ないのでした。溜息と共に懐かしい動物達を思い出します。彼らはもう追憶の中にだけしかいないのでした。
ふと気付くと、ホテルの横の壁に沿って小さく直線状に緑が植えられています。花壇には可愛い八重の白い花が咲いていました。クチナシのようでした。クチナシは香りのよい花を咲かせます。道を歩いていた私は思い立って白い花に近付くと身を屈めました。自分の鼻を花に寄せてそっと香りを嗅いでみます。花は全くの無臭でした。なんの香りもしません。そこで屈んだついでに近くでその花や葉の形、葉の緑の濃さをしげしげと眺め直してみました。こうやって改めて見直して見ても、その花は全くクチナシにそっくりでした。
この土地では花の香りが無くなってしまうのかしら、そんな事を思いました。私は前にもケアンズでパイナップル・セージを見かけ、私の好きな甘い香りの花だからと側に寄って香りを嗅いだのですが、全く葉にも花にも香りがなくて首を傾げてしまいました。その時にも私は改めてその植物を見直してみたのです。赤い花の色や形、明るい黄緑の葉先や楕円の葉の形、葉に寄る皺の加減、茎の様子やその草の容姿を確りと眺めてみました。どう見てもパイナップルセージだと不思議に思いました。その時はよく似た違う草なのだろうと思い、納得しようとしましたが、全くのそっくりさんでしたから、私には別の草とはどうしても思えなくて、香りの無いのが何とも不思議で仕様が無かったのでした。
この目の前のクチナシの無臭で、この土地へ来て2例目になる同じ出来事に、私は土の違いのせいなのだろうかと考えてしまうのでした。土に鉄分を多く含む、そんなウルルの土地の説明が思い浮かんで来ました。又は先住民の人々の怨念のようなものがあるのかしらと、非科学的な事も考えてしまうのでした。夕刻という時刻のせいでしょう。自分でもオカルトめいた考えだと思うのでした。