抜かれて行く刹那、亀は修行に費やした日々のことを思い出していた。
石の上で目を閉じて精神性を高めた。登山家のグループの後を歩いて、粘り強さを鍛えた。氷の上のダンサーについて芸術性を学んだ。路上プロレスに飛び入って、根性を身につけた。すべては見違えるような亀になるために。
それでも本番のレースでは、思惑通りにはいかないものだ。犬に抜かれた時には、地力の違いを思い知った。長年の習慣が違う。リスに抜かれた時には、フィジカルの違いを思い知った。バネが違う。馬に抜かれた時には、次元の違いを思い知った。生まれも育ちも違う。
(とても追いつけない)
自分だけではない。
「私が伸びた分、他も伸びているのだ」
大会のレベルの高さを悟りながら駆けていると、ちょうど亀の横に並んだ選手がいた。眠っているはずのうさぎだった。
何としても最下位にだけはなりたくない。
そうした思いが瞬間的にこみ上げてきて、気がつくと亀はうさぎをぶん殴っていた。
「何をするんだ!」
うさぎは抗議の声を上げながら倒れ込んだ。
「お前は寝る担当だろ!」
そう決めつけたのは、亀の勝利に対する執念だろうか。
(夢を裏切る奴は許さないぞ)
うさぎと亀の戦いはまだ始まったばかりだ。
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