
夢の中では死ぬことはないだろう。多くの経験、夢の記憶からいつからかそのように考えていた。夢は主人公(自分)の視点によって動いていくものだ。主人公(自分)が現実の自分と異なることはある。スターになったり偉い人になったり、犬になったり幽霊になったり宇宙人になったり、変身を繰り返すことはある。空を飛んだり、星をまたいだり、人間離れした能力を発揮することもある。しかし、死んではならない。視点を失って物語が進まなくなるからだ。
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ジェルボールが溶けなかった。洗濯物を全部取り出した後、それはそのままの形でそこにいたのだ。きれいじゃないか。僕は本当に洗濯をしたのだろうか。急に自信がなくなった。覚えているのは、スタートボタンを押したことと、終了のブザーが鳴ったことだけだ。洗濯をしたつもりが間違って乾燥だけをしていたのでは? しかし、そんなことがあるだろうか。確かにちゃんと見張っていたわけでもないし、聞いていたわけでもない。(お気に入りのプレイリストを聴いていたのだ)昨日買ったばかりのジェルボールだった。それだからか。久しぶりのジェルボールだった。それだからか。ジェルボールは真っ先に投げ入れたはず。しかし、その後は? 洗剤を使わず洗濯は終わった。これで洗濯したと言えるのか? 頑固な汚れ物はなかったとは言え、それでよいのだろうか。もう一度するか。もう遅い。もう一度しても駄目だったら……。葛藤している内に、夜は深まっていた。ぷるんとしたジェルボールをドラムの中に投げ入れると、僕は洗濯機の扉を閉めた。これは夢では?
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オリエンテーリングのようなものの中にいた。赤箱を蟹挟みして僕は浮遊した。いつもよりも体が軽く切れているようだった。人の間を縫うようにして抜ける。皆が苦労するトラップも、僕にとっては子供だましにみえた。
「上級者の邪魔をしないようにしないと」
もたついていた人が気を遣って道を開けた。僕は加速をつけて螺旋コースを降りた。才能が違う。自分でもそう自覚することができた。
「終わりました!」
当然僕が最初だろう。けれども、賞賛でも歓迎でもなく、ため息のようは声が返ってきた。
「ああ……」
大泉さんは残念そうな顔を向けた。その顔で僕はすべてを悟った。
「もしかして、間違えてます?」
ルールをちゃんと読んでおくべきだったが、自惚れすぎていた。改めてルールブックに目をやってすぐに背けた。才能、希望、自信、そんなものは幻だ。僕のは全部がデタラメではないか。
「迷惑かけてます?」
優勝どころか運営の妨げにもなったのではと気がかりだった。
「いえいえ。いいんでこれ持って帰ってください」(好きなだけ)
参加賞か。それは大袋に入ったきな粉のようだった。だけど、これをどうして持ち帰ればいいだろう。小袋がなければ、無理ではないか。自分がどう動けばいいかわからず、袋の周辺をただ撫でていた。すると亀裂が生じて中の粉が漏れ始めた。僕は更に追い込まれて狼狽えていた。あわわわわ……。
「逆さにして底の方を開ければいいですよ」(こうやって)
大泉さんが大袋を直しながら、子供に言うように言った。
僕は本当に駄目だな……。
夢の中で僕は死にたい気分だった。
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夢の中ではじめて刺された時、僕は驚いた。そんなことはないと信じていたからだ。もう駄目だと僕は観念した。そして夢は終わった。死は夢を強制終了させるだけだった。色んな終わり方がある中で、単純で最も悲劇的な形の1つだったのだ。死が夢を終わらせた時は、目覚めによって現実がはじまる。当然、目覚めは酷く味が悪い。
いい夢は「何だ夢か……」という未練が残る。悪い夢は「夢でよかった」と感謝もする。どちらもよしあしはあるのではないか。いい夢をみるばかりが幸せとも言い切れない。
いずれにしろ、眠りがある限り夢をみるだろう。夢と現実を照らし合わせながら、生きていくのだと思う。
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