眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

山肌音楽堂

2013-02-13 20:37:52 | 夢追い
 どこを見回しても横断歩道はないし、越えていく陸橋もないので焦りが増してくる。暗い道を、四方八方から交差するヘッドライトが照らしている。何車線あるのか、何本の道が交差しているのか。渡らなければ。怖くても、わからなくても、渡らなければならないのだ。素早い猫になったような心境で、ねじ一つを持って僕は意思をかためた。振り返りも、立ち止まりもしない、猫だ。
 ようやく歩道にまでたどり着くと安心して歩き始めた。男の影が近づくのがわかる。徐々にこちらに近づいてくる。進路を変えることはできなかった。男は暗闇の中からいきなり斧のようなものを振り下ろした。ねじ一つを、すっとかわす。男は、この素早い奴にはとても敵わないと思ったのかそのまま去って行った。もしも、もう一度攻撃してきたら、同じようにかわせたかどうかわからない。この先のことを考えると、武術の一つも身につけておかねば、とても安心して歩くことはでない。明るい街に出た。安心が強く深まっていく。朝だった。
 十メートルおきにライブハウスが並んでいる。DJムネノハウス、山肌音楽堂、ELTKING……。

 恐る恐る未知の扉を開いた。想像よりもそこは遥かに落ち着いた場所だった。整然と二人掛けの席が縦に伸びており、夜のバスの車内のようだった。みんな大人しく座っていたが、空席はなかった。真ん中の階段に腰掛けるともう最後の曲だという。入る時間がわるかったようだ。続けて、次の上映はないのだろうか。あっさりと最後の演奏が終わると、カーテンが閉まり、館内が照れくさいほどに明るくなった。今まで気がつかなかったが、無数の人が階段を占めていて、帰り道ができるまでかなりの時間がかかりそうだった。
 帰りたくても帰れない。熱心なファンの合唱をしばらく聞いていなければならなかった。

こんなことなら テンパッテ当然
普段はぜんぜん なんもしてない
自然とおれら テンパッテ当然

こんな時なら テンパッテ当然
普段はぜんぜん なんもしてない
自然とおれら テンパッテ当然

  テンパッテ当然   テンパッテ当然
       テンパッテ当然   テンパッテ当然
            テンパッテ当然   テンパッテ当然

根性なんて 知らん知らん
普段ぜんぜん なんもしてない
自然とおれら テンパッテ当然

戦場なんて 知らん知らん
普段ぜんぜん なんもしてない
自然とおれら テンパッテ当然

   テンパッテ当然   テンパッテ当然
          テンパッテ当然   テンパッテ当然
                 テンパッテ当然   テンパッテ当然

 順序正しく列を作り、人々は弁当が手渡されるのを待っていた。正月らしく河童や鰻といった素材が、係員の手によってそれぞれの箱の中に詰められていく。間違いが起こらないように、中身を確認しながら最終的に人の手に渡る前に、弁当箱の表にその人の名前が書き込まれていく。筆を持った係員が、真剣な表情で一人一人に名前をきいて確かめている。流れる作業をじっと見つめていると、素材の多さに目を奪われて、どれもが自分のものに見えてきてしまう。
「あなたのですか? 間違えないですか?」
 その時、横入りした男が突然名前を言い出したので、前の男と言い争いになった。
「ちゃんとルールを守れ!」
 と正しいことを言った男は、蹴り上げられてのびてしまった。奥から別の係員が現れると正拳を突き出す男の腕をかわしながら首をつかんで投げ飛ばした。周りから拍手が起こり、爆竹が鳴った。獅子の格好をした者が現れて、無礼者をくわえて運んでいった。
「あいつ柔道二段だな」
 のびていた男が回復して言った。
「わかるんですか?」
「俺は空手二段だが、柔道は二級だ」
「柔道の方が強いんですか?」
「そりゃ柔道が強いよ!」

こんな時なら テンパッテ当然
普段はぜんぜん なんもしてない
自然とおれら テンパッテ当然

  テンパッテ当然   テンパッテ当然
       テンパッテ当然   テンパッテ当然
            テンパッテ当然   テンパッテ当然

 道場には年齢や性別を問わず多くの人が集まっていて、あまりの人の多さに早くも後悔を覚え始めていた。女性の姿も、思っていた以上に多い。ベテランの人に話を聞いていると会費が高くて困っていると言う。月に三万も払わなければならないし、別に遠征費(旅行代)として月に四万かかるのだと言う。それはどう考えても話がおかしい。長く居すぎて感覚がおかしくなっているのだろう。ここは初心者だからこそ言ってあげなければならない。
「そんなのぼったくりだ!」
 教祖の顔色が変わった。
 他にも出てきた不満の声を一つ一つ拾いながら、彼女は費用の必要性や正当性を説いていった。落ち着きの中にも、所々に凄みが利いた声があって、会場は徐々に彼女の作り出す空気に呑まれていくのだった。これが有段者のやり方か……。このままでは、いいことなんて一つもない。
「僕の靴下も濡れている!」
 僕は声を上げた。

こんな時なら テンパッテ当然
普段はぜんぜん なんもしてない
自然とおれら テンパッテ当然

  テンパッテ当然   テンパッテ当然
       テンパッテ当然   テンパッテ当然
            テンパッテ当然   テンパッテ当然

「本当なの?」
 教祖は熱心に話を聞いてくれた。濡れている靴下を脱いで、籠に入れると新しく支給された靴下を履いた。
「自販機の前を通ったでしょう?」
 歩いた道を振り返ってみると、確かに彼女の言う通り、そこも通った道の中に含まれていた。
「その裏から水が出ていたんじゃないの?」
 そうかもしれなかった。徐々にまたペースを握られているのがわかり、不安になった。
 自販機のところまで戻って、その時ふと足元を見ると、今度は靴下の色が変わっている。
 青だったけど、水色になってる!

 車からあふれ出てくる大家族に行く手を阻まれて、若者二人は進路を変えた。
「ケッ!」
「まあまあ新年じゃないか」
 新年初めの渋滞があちらこちらで目を覚ましている。

こんなことなら テンパッテ当然
普段はぜんぜん なんもしてない
自然とおれら テンパッテ当然

こんな時なら テンパッテ当然
普段はぜんぜん なんもしてない
自然とおれら テンパッテ当然

  テンパッテ当然   テンパッテ当然
       テンパッテ当然   テンパッテ当然
            テンパッテ当然   テンパッテ当然

根性なんて 知らん知らん
普段ぜんぜん なんもしてない
自然とおれら テンパッテ当然

戦場なんて 知らん知らん
普段ぜんぜん なんもしてない
自然とおれら テンパッテ当然

   テンパッテ当然   テンパッテ当然
          テンパッテ当然   テンパッテ当然
                 テンパッテ当然   テンパッテ当然

 硝子に顔をつけてパチンコ屋の中を覗いていた。
 今、その台は全機能が停止していた。お金も入らない。玉も出ない。けれども、おまえはもうかかっているのだと男は言った。
「おまえはもうかかっている」
 ようやく医者がやってきて、台の調子を見始めた。
「どうされました?」
「どうもこうもないよ。見てくれよ」
「かかっていたのですね」
「早く出してくれよ」
「今日は全台サービス中で、お金は出せません。肉の支給になります」
 医者は鞄から豚肉パックを取り出して、台の前に立てかけた。
 男は、あまりうれしそうではなかった。豚肉が、あまり気に入らないのだろうか。

コメント
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