子育てしやすい東村山シンポより2=民営化で子どもが苦しむ 

2010-12-27 21:04:29 | 東村山市立第2保育園の民間移管について

シンポジストの初めは
第二保育園の保護者でした。

根岸さんは、
「子育てを妻に任せていた。保育ママに一年。やっと第二保育園に入れた。今年3月に初めて民営化の話を聞いた。
4歳児は、すぐに卒園する。1年だけ先生が変わるだけだからいいかという気持ちだった。
しかし、勉強会をしてみて、大変なことだとわかった。
5月には、事業者選定委員を出せと言われた。
5月に初めて保護者会の役員の顔合わせが行われるのに、選定委員など出せないと断った。
先生たちと話をしようと計画したが、民営化の話はしてはいけないと言われ、本質的な話ができなかった。
6月に対策委員会を立ち上げ、初めての署名にも取り組んだ。
説明会の開催を要求し、市長との話もした。
9月議会で市長は、H24年4月の移管実施を延期すると表明。
議会に請願も出し、11月には厚生委員会で陳述も行った。」

また、「なぜ頑張れたか、子どもに申し訳ないという気持ちが一場であった」
と、民営化を聞かされて今日までの、保護者のみなさんの戸惑いと悩みなど、心の軌跡を話されました。

次のシンポジストの田村さんは、東久留米市のひばり保育園の保護者だった方です。
ひばり保育園は民営化されました。
田村さんは、子どもが1歳で保育園に入り、2歳で民営化。何も知らずに保育園に入ったら運動が始まっていたそうです。
田村さんは、子どもたちの苦しみをまじかで見た保護者の苦しみを話してくれました。

引継の時から、1歳児で夜泣きが始まり、人形をたたくなどの行為が始まった。
4月新園舎になって、保育園に行きたくないと言いだす子。
新しい建物に持ち込んだ古い園のマットに座っている子。その周りに子ども同士でくっつきあっている。
前のクラスの先生が保育室に入ってくると、子どもたちがその先生にくっつく。
古い保育園がいい、新しい保育園は嫌いと言う子。

それでも新しい先生の名前が家で出るようになった5月、先生が退職。園長も休職。
2歳児で朝穿いていった紙パンツを夕方まで穿いていた子。
年長児荒れて困ると言う保護者。

新しい園に初めて来た保護者との間でぎくしゃくも。

朝は園庭に出てはだめ、危ない遊びはだめ、と禁止事項が多くなり、以前からの保護者は疑問を持つが、初めて保育園に預けた保護者はその意味がわからない。

今までの保育を引き継ぐと言うが、引き継げないこと分かって来た。親の中にはあきらめも。
卒園児もお帰りと言ってくれる先生がいなくなり、遊びに来れなくなった。
子どもが里帰りすることのできる保育園は地域の中で大事な場所。地域の中の保育園が大事だと痛感している。

我が子は、結局、保育園を拒否し、転園をした。

転園をしたが、しかし、東久留米市の保育を何とか良くしたいと、
『こそだて新聞』を発行している。

田村さんの自身の体験に基づいた話は身につまされました。
乳児や年齢の低い子は何もわからないと思われがちだがそんなことはない。小さな子どもでも、民営化の影響は大きいということを実感しました。

次回は、ひばり保育園の園長先生だった保育士の話。

 


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