S栄印刷のMさんから、会社を退職するとの連絡がLINEで来た。
「え?」
退職の挨拶もなし。一体、Mさんに何があったのか。いや、常務までのぼりつめ、あと数年で勤めあげるというのに。余程のことがあったらしい。
Mさんに、すぐ返信した。
「何があったんですか?」。
彼は、王子の居酒屋で話しをしたいと、指定してきたのが「一体」だった。まさか、こんな形で、ちょうど10年ぶりの再訪になるとは。
Mさんとは、いろんな酒場に行った。谷中の店、根津のおでん屋にも連れて行ってもらったし、王子では「魚荘」という店でも飲んだ。忘れられないのは銭湯に行ったこと。Mさんの近所の「ふくの湯」で裸の付き合いをしたっけ。数々の印刷屋さんと仕事をしてきたが、その中でMさんとは最も濃厚にお付き合いさせてもらった人である。何が起きたのかを受け止めてあげたかった。
店に着くとMさんは既に席にいた。普段気のMさんは、「カード、作っちゃいましたよ」と、「一体」の会員カードを出してきた。あ、これ自分も10年前に作って、確かその後捨てたっけ。今時、会員カードもないだろう。会員カードの割引で、今時リピーターになる人ってどのくらいいるだろうか。しかも、こういうチェーン酒場で。あれから10年経っても、安穏とこういうシステムで生き残っていることが不思議に思えた。
とりあえず、「酎ハイ」から。
「Mさん、どうしたんですか?」。
自分が切り出すと、Mさんは語り始めた。
要約すると、Mさんは会社からパワハラを受けていたという。何年もその状態が続き、精神的にきつくなって辞めたのだという。あり得る話しだなと思った。でも、すっきりしない。何しろ、Mさんは常務なのだから。けれど、内情はそんなに簡単なものじゃなかった。要するに二代目の社長から疎ましく思われていたようなのだ。よくある話しだ。事業承継では、それが一番難しい。旧体制派と新体制の戦いである。旧体制に仕えた人とは大抵が後継者よりも歳上だ。だから問題の根は深い。
今までは、事業承継に成功した側の話しばかり聞いてきた。だから、守旧派の話しは聞いたことがなかった。こんなことが舞台裏で繰り広げられていたのか。
だが、改革には少なからず血を流すこともある。それが組織であるはずだ。中途半端な血の入れ替えでは、システムが動き出していかない。そう、この店の会員カードのように。
だからといって、パワハラが肯定されていいこともないのである。
「訴えたらどうですか?」
「いや、そこまで事を大袈裟にしたくない」。
Mさんが、そう言うのは守旧派の会長を慮ってのことだろう。そこで、話しは袋小路に迷いこむ。
ただ、しんみりとした会ではなかった。むしろ、Mさんはさばさばとすらしていた。無理して働くことなどない。逃げる必要だってある訳だ。Mさんの前途に幸があることを祝して乾杯!
ほらほらお家騒動なら時代劇の定番だし、いつの時代でも無くならないもんだと思いますがねぇ(^_^;)
勢力争いですから、古今東西ありますね。しかし、勤めあげるのも大変です。出世する人よりも、そうでない道に外れる人の方が多い訳で、これから先、もっと生きにくい世の中になるのではと暗い気持ちになってきます。