![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/70/a2/75a7f2c9b6c1ca45e8840fa1d9353cb2.jpg)
伊賀神戸の駅を降りると、雨はやや強くなっていた。
辺りはもうすっかりと暗くなり、一緒に降車した数人の乗客たちは無言で踏み切りを渡る。
伊賀鉄道に乗り換えるため、わたしも早足で踏み切りを横断した。
ローカル線の旅はいい。しかも、それが初めての地なら尚更だ。
だが、2両編成のゆったりと走る伊賀の電車は外の景色すら全く見えない。時折、人家の電灯らしきものが目に飛び込んでくるが、それ以外は車窓の風景は真っ暗。車内は高校生たちが占領しており、旅の情緒といったものはほとんど感じられなかった。
東京で暮らす者にとって、車窓から灯りが見えてこないと、かえって不安になるのである。
わたしは忍者の里で有名な伊賀市の上野市駅に向かうところだった。
翌日、かの地で仕事が控えており、この日名古屋での取材を終えて、当日移動してきたところだった。
そうして、電車に揺られること約30分。電車は雨に煙る上野市駅へと到着するのである。
上野市駅は立派な駅舎だった。
立派と言っても東京の駅のように商業施設を兼ね備えたものではないが、空色を薄紅色のツートン。洋風の屋根がそびえる個性的な外観である。駅の柱には、忍者の人形が色鮮やかな衣を着て、よじ登る姿勢で飾られており、忍者の町に来たんだな、と感じずにはいられない。
駅を出て、この日の宿に向かった。
途中、屋根がついた小さなアーケードを通りすぎた。
ほとんどの店はシャッターを閉ざし、すっかり寂れていた。
宿に着くと時刻はもう7時を回っている。
チェックインして、鍵を貰い、わたしはそのフロントの男性に聞いてみた。
「いい居酒屋ありませんか」。
すると、「○○っていうのが近くにありますが」とホテル周囲の地図を引っ張り出してきて、教えてくれる。
親切に教えてくれた彼には悪いが、わたしはホテルのフロントマンの言葉はあんまり期待しないことにしている。
地方のホテルに行けば、大抵フロントの方に尋ねるが、素敵な居酒屋だった試しがない。恐らく、ホテルと何ら関係がある居酒屋か、地縁の店を紹介しているのだろう。
わたしは、部屋に荷物を置くと、早速その紹介いただいた店に向かったのである。
だが、その店「○○」に行ってみて、案の定がっかりした。
そこは、居酒屋ではなく割烹だったのである。
普段から大衆酒場にしか足を踏み入れない者にとって、そこはあまりにも敷居が高すぎた。
さて、どこへ行こうか。
伊賀牛のすき焼きの店もあるようだが、ここはやはり現地の酒場でまったりしたい。
駅周辺を歩いてみれば、何かあるだろうとふらふらしたが、居酒屋は2軒しかなかった。1軒は居酒屋チェーンの「八剣伝」。それならばと、もう一軒のお店「ごはんや ふくちゃん」で今宵は過ごすことにしよう。
こぢんまりとした店だが、一見して女性が切り盛りしているとすぐ分かった。
店頭の小さな看板に書かれたお奨めメニューの字が可愛い。そして、白い麻の暖簾もまた愛らしかった。
店に入ると、目の前はすぐにカウンター。右手が厨房でカウンターは縦に連なる。奥のスペースは辛うじてテーブルが一つふたつ。本当に小さなお店だ。
「こんばんは」。
声を掛けると、若い女性が厨房越しに挨拶を返してくれた。美人の若女将だった。
先客は一人。女将と親しそうに話す常連さんだ。
わたしはまず、生ビールを注文する。
ビールはどうやらスーパードライのようである。
つまみは、まず「ひら天」を頼んだ。
関東では、聞きなれないその食べ物は「さつま揚げ」。壁に掲げられたメニューで最も気になった食べ物だが、とりたててご当地のものではないようだ。
わたしは、しばらく店の奥の頭上に鎮座するテレビを見ながら、ビールを一息に飲んだ。
ビールの次は「どぶろく」。なにせ、地元の酒蔵のものとメニューにはあるから、これは飲まない手はない。実は酒蔵の名前こそ失念してしまったが、ご当地には何軒かの酒蔵があるらしい。
白濁したコップに口をつけてみると、なるほど、これはなかなかウマイ。濃厚な絞りはまるでヨーグルトのように、酸味が口の中に広がる。
「なかなかおいしいですね」。
と女将に感想を漏らすと、一気に場の雰囲気は和んだ。
常連客のかずやさんは女将と同級生とのこと。どう見てもお二人は40歳前に見えるのだが…。その若女将いくちゃんは、前述した通り、非常に美人で気風のよい性格は話しも面白い。出張で訪れる常連さんが多いのも頷ける。ちなみに、店名の「ふくちゃん」は、いくちゃんのお母様のお名前だとか。
その後、かずやさんといくちゃんの3人でおおいに話しが盛り上がった。地方の酒場に行くと、大抵お店の常連さんが気を使ってくれ、自然と話しの輪に入れるように導いてくれる。やはり、地方の酒場は楽しい。終いにはかずやさん、キープしているボトルの焼酎まで振舞ってくれた。
さすがに、「ひら天」だけでは小腹が空く。
わたしは、いくちゃんにご当地らしいものを頼んだ。
いくちゃんはやや困った顔をしたが、「蒸し豚なんかはどう?」と提案してきた。伊賀上野地方のものはないが、「大阪鶴橋のものならここから近いし、珍しいんじゃない?」ということだった。わたしは、それを頂くことにした。
その「蒸し豚」のうまいことうまいこと。
チョジャンと呼ばれる韓国風酢味噌をつけて食べると、もう止まらない。味は決してくどくはなく、あっさりしうぎている風でもない。それが、焼酎とまたよく合う。
しかし、それよりもこのお店、メニューが豊富。様々な料理を手作りで作ってくれる。さすが、「ごはんや」と冠するだけはある。そして、この温かい雰囲気。これは、真似しようとしても、なかなか出せるものではない。
お酒の種類もまた豊富。
ビールは生と黒ビールを用意。この他、先述したとおり、どぶろく、そして焼酎各種などなど。
わたしは、最後に「ご飯セット」を頂いた。
温かいご飯にお味噌汁、そしてお漬物。あがりは黒ビール(ヱビス)だ。
創作料理や高級志向など居酒屋が大きく変貌を見せる中、こうした家庭的な居酒屋は都会では少なくなっているような気がする。
手作りの肴をつまみながら、様々な酒が飲める。実は、これが居酒屋の原風景ではないか。
そして、温かいもてなし。決して気取った店ではないが、むしろそれこそが嬉しい。
お若い女将だが、きっとお母さんの「ふくちゃん」をしっかり受け継いでいることが手に取るように感じられるのだ。
また、いつかこっちに来ることはあるのだろうか。
もし、そうした機会に巡りあれば、必ず再訪したい。
お勘定を払いながら、そう思った。
辺りはもうすっかりと暗くなり、一緒に降車した数人の乗客たちは無言で踏み切りを渡る。
伊賀鉄道に乗り換えるため、わたしも早足で踏み切りを横断した。
ローカル線の旅はいい。しかも、それが初めての地なら尚更だ。
だが、2両編成のゆったりと走る伊賀の電車は外の景色すら全く見えない。時折、人家の電灯らしきものが目に飛び込んでくるが、それ以外は車窓の風景は真っ暗。車内は高校生たちが占領しており、旅の情緒といったものはほとんど感じられなかった。
東京で暮らす者にとって、車窓から灯りが見えてこないと、かえって不安になるのである。
わたしは忍者の里で有名な伊賀市の上野市駅に向かうところだった。
翌日、かの地で仕事が控えており、この日名古屋での取材を終えて、当日移動してきたところだった。
そうして、電車に揺られること約30分。電車は雨に煙る上野市駅へと到着するのである。
上野市駅は立派な駅舎だった。
立派と言っても東京の駅のように商業施設を兼ね備えたものではないが、空色を薄紅色のツートン。洋風の屋根がそびえる個性的な外観である。駅の柱には、忍者の人形が色鮮やかな衣を着て、よじ登る姿勢で飾られており、忍者の町に来たんだな、と感じずにはいられない。
駅を出て、この日の宿に向かった。
途中、屋根がついた小さなアーケードを通りすぎた。
ほとんどの店はシャッターを閉ざし、すっかり寂れていた。
宿に着くと時刻はもう7時を回っている。
チェックインして、鍵を貰い、わたしはそのフロントの男性に聞いてみた。
「いい居酒屋ありませんか」。
すると、「○○っていうのが近くにありますが」とホテル周囲の地図を引っ張り出してきて、教えてくれる。
親切に教えてくれた彼には悪いが、わたしはホテルのフロントマンの言葉はあんまり期待しないことにしている。
地方のホテルに行けば、大抵フロントの方に尋ねるが、素敵な居酒屋だった試しがない。恐らく、ホテルと何ら関係がある居酒屋か、地縁の店を紹介しているのだろう。
わたしは、部屋に荷物を置くと、早速その紹介いただいた店に向かったのである。
だが、その店「○○」に行ってみて、案の定がっかりした。
そこは、居酒屋ではなく割烹だったのである。
普段から大衆酒場にしか足を踏み入れない者にとって、そこはあまりにも敷居が高すぎた。
さて、どこへ行こうか。
伊賀牛のすき焼きの店もあるようだが、ここはやはり現地の酒場でまったりしたい。
駅周辺を歩いてみれば、何かあるだろうとふらふらしたが、居酒屋は2軒しかなかった。1軒は居酒屋チェーンの「八剣伝」。それならばと、もう一軒のお店「ごはんや ふくちゃん」で今宵は過ごすことにしよう。
こぢんまりとした店だが、一見して女性が切り盛りしているとすぐ分かった。
店頭の小さな看板に書かれたお奨めメニューの字が可愛い。そして、白い麻の暖簾もまた愛らしかった。
店に入ると、目の前はすぐにカウンター。右手が厨房でカウンターは縦に連なる。奥のスペースは辛うじてテーブルが一つふたつ。本当に小さなお店だ。
「こんばんは」。
声を掛けると、若い女性が厨房越しに挨拶を返してくれた。美人の若女将だった。
先客は一人。女将と親しそうに話す常連さんだ。
わたしはまず、生ビールを注文する。
ビールはどうやらスーパードライのようである。
つまみは、まず「ひら天」を頼んだ。
関東では、聞きなれないその食べ物は「さつま揚げ」。壁に掲げられたメニューで最も気になった食べ物だが、とりたててご当地のものではないようだ。
わたしは、しばらく店の奥の頭上に鎮座するテレビを見ながら、ビールを一息に飲んだ。
ビールの次は「どぶろく」。なにせ、地元の酒蔵のものとメニューにはあるから、これは飲まない手はない。実は酒蔵の名前こそ失念してしまったが、ご当地には何軒かの酒蔵があるらしい。
白濁したコップに口をつけてみると、なるほど、これはなかなかウマイ。濃厚な絞りはまるでヨーグルトのように、酸味が口の中に広がる。
「なかなかおいしいですね」。
と女将に感想を漏らすと、一気に場の雰囲気は和んだ。
常連客のかずやさんは女将と同級生とのこと。どう見てもお二人は40歳前に見えるのだが…。その若女将いくちゃんは、前述した通り、非常に美人で気風のよい性格は話しも面白い。出張で訪れる常連さんが多いのも頷ける。ちなみに、店名の「ふくちゃん」は、いくちゃんのお母様のお名前だとか。
その後、かずやさんといくちゃんの3人でおおいに話しが盛り上がった。地方の酒場に行くと、大抵お店の常連さんが気を使ってくれ、自然と話しの輪に入れるように導いてくれる。やはり、地方の酒場は楽しい。終いにはかずやさん、キープしているボトルの焼酎まで振舞ってくれた。
さすがに、「ひら天」だけでは小腹が空く。
わたしは、いくちゃんにご当地らしいものを頼んだ。
いくちゃんはやや困った顔をしたが、「蒸し豚なんかはどう?」と提案してきた。伊賀上野地方のものはないが、「大阪鶴橋のものならここから近いし、珍しいんじゃない?」ということだった。わたしは、それを頂くことにした。
その「蒸し豚」のうまいことうまいこと。
チョジャンと呼ばれる韓国風酢味噌をつけて食べると、もう止まらない。味は決してくどくはなく、あっさりしうぎている風でもない。それが、焼酎とまたよく合う。
しかし、それよりもこのお店、メニューが豊富。様々な料理を手作りで作ってくれる。さすが、「ごはんや」と冠するだけはある。そして、この温かい雰囲気。これは、真似しようとしても、なかなか出せるものではない。
お酒の種類もまた豊富。
ビールは生と黒ビールを用意。この他、先述したとおり、どぶろく、そして焼酎各種などなど。
わたしは、最後に「ご飯セット」を頂いた。
温かいご飯にお味噌汁、そしてお漬物。あがりは黒ビール(ヱビス)だ。
創作料理や高級志向など居酒屋が大きく変貌を見せる中、こうした家庭的な居酒屋は都会では少なくなっているような気がする。
手作りの肴をつまみながら、様々な酒が飲める。実は、これが居酒屋の原風景ではないか。
そして、温かいもてなし。決して気取った店ではないが、むしろそれこそが嬉しい。
お若い女将だが、きっとお母さんの「ふくちゃん」をしっかり受け継いでいることが手に取るように感じられるのだ。
また、いつかこっちに来ることはあるのだろうか。
もし、そうした機会に巡りあれば、必ず再訪したい。
お勘定を払いながら、そう思った。
ほんわかした雰囲気、
まるで「家に帰ってきた」ような感覚になる心地よさ、
そんなお店、大好きです。
気取ってなくて全然いいです。
あぁ・・・そんなお店が海を渡った向こうでもあれば良いのですが・・・。
今の心境はいかがですか?
わたしはそういう立場に立ったことがないから、よく分かりませんが、正直羨ましいと思っています。
様々な出会いがあることでしょう。
そして、新たな価値観が生まれてくることでしょう。
また、ワシントンDCの酒場探しも楽しいのではないでしょうか。
外から日本を見るっていうのもまた羨ましいです。
って思ってます(笑)。
日本酒飲めないのはツライけど、それ以外に楽しいことがいっぱいありそうで。
でも、そう書いてると、周りから怨まれるので(笑)、
「つら~い、いや~」って言ったりしてます。
>日本酒飲めないのはツライけど、それ以外に楽しいことがいっぱいありそうで。
日本酒もいろいろ頑張れば飲めそうじゃないですか。
ワシントンDCからのブログ新企画、楽しみにしてますよ。
年末年始、飲み過ぎました。今年(月?)はちょっと休肝日つくろうかな……。
と言いつつも今度いつ飲みにいきましょか?(笑)
そして、里帰りはゆっくりできましたか?
今pの飲み過ぎってどんなだろ?
月末に一献行きましょう。
レスポールでも持って。