御徒だなんて、随分と古風な名前だ。
広辞苑(新村出編、岩波書店)によると「御徒」とは徒侍(かちざむらい)、つまり徒歩にてお供した侍のこと、とある。この御徒町周辺はその徒侍たちが住んだ町ということなのだろう。
しかし、その風情ある町名もいまや駅の名前にしか、その面影を偲ぶことができず、町並みは、雑然として忙しない。それでも、駅から首都高速に向かう小路を歩くと往時を偲ばせる古い家並みが出現し、少しだけ心を落ち着かせてくれる。
この日、訪れた居酒屋もまさか御徒が闊歩していた頃よりお店を出していたわけではないだろうが、とにかく古い古いお店だ。
御徒町駅東側に固まる宝石屋街の入り口にひっそり佇む小さな居酒屋。「まつみ」だ。
中に入ると卓が5つに、カウンター席6つ。小さなお店ですぐ満員になるらしい。今日は金曜日にもかかわらず、幸運にもすぐさま座ることができた。
お店の中は壁が黄ばんで時代を感じさせる。焼き鳥、やきとんのメニューを書いた貼り紙は蒸気と乾燥を何十年も繰り返したせいか、ふやけたままパリパリになったように伸びきっている。雰囲気はラーメン博物館の昭和レトロのような、造った場末のようでもある。だが、間違いなくこのカウンターの椅子の年季のはいりようは人工のレトロではない。
しかも、目の前でやきとんを焼くおじさんやアサヒ・スーパードライの大瓶を運んできたおばさんも既に齢を重ね、かなり年季と気合が入った御仁方である。
このお二人が夫婦かどうかは知る由もないが、その人となりは漫画『のたり松太郎』(ちばてつや著、講談社)に登場する食堂を営む老夫婦にそっくり。いや、おじいさんはどちらかといえば西尾のじいさんかも。瓶ビールとともに置かれた小さなコップ。まさに、下町の酒場にふさわしい。ビールを注ぎ、一気に飲み干す。その動作を幾度となく繰り返し、カシラやハツが焼けるのをじっと見守る。『お待ちどう』と言ったか?くぐもった声とともに焼き物が出される。タレ付き。うっかり『塩』で注文し損ねた。急いでかぶりつくとやはりうまい!やや辛口のタレが口の中に広がる。いゃぁ、タレもなかなかいける。
このあと、鶏ももと瓶ビールをそれぞれ追加し、店を出た。
まだ少し飲み足りない。
私はふらふらと山手線内側のガード下へ向かった。〈続く〉
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