田舎の闇は深い。
夜も更けて街をほっつき歩くボクらに漆黒の闇が足を掬おうとする。いや、ボクはもう単に千鳥足だったのかもしれない。
周囲に店などなく、ホテルに帰ろうかとH部さんと相談していると、突如目の前にバーが現れた。
ターコイズの扉にアコギの形をした看板。そこにBLUES Bar と書かれている。
こんな田舎にブルースバーとは驚きだ。
何故にブルースなのか。どうして、この舞鶴でブルースでなければならないのか。
ボクらはしばし立ち尽くし、沈黙した。
でも、この青い扉を開くと、恐らくその答えがあるのではないだろうか。
H部さんと一緒に店の扉を開けた。
小さな店だった。
カウンターがメインの小さなバー。もう、なんかH部さんの好みのお店。そんな感じがした。
黒いスピーカーと白いアコギ。音源はレコードではなく、ほぼCD。
流れるBGMはもちろんブルース。ボトルネックがわんわんと効いて、ギターのフレットを滑りまくる。
ボクらは腰かけた。重い椅子を引いて背もたれに深く深く寄りかかり腰かけた。
すっかり出来上がっていたボクはもうやけに眠い。そのうえ、このアコギ1本で振り絞る男ボーカルのかすれ声。
最後の力を振り絞ってオーダーしたのは「ジンライム」だった。
ボクはちりちりと耳元ではぜるジンライムの炭酸とボトルネックの甲高い音を聞きながら、うつらうつらと船を漕ぎ始めてしまった。
日本海の荒波からぽっかりと解放された入江の町。
鴎が1羽飛んでいる風景。ボクは夢を見ていたのかもしれない。
まるで演歌のカラオケに出てくるような動画。海鳴りが波の音ともに船の汽笛を待っている。
その演歌の風景にシンクロするのはしわがれた声でむせぶように歌うブルース。
この北の町にブルースはよく似合うのかもしれない。
ボクはどのくらい眠っていたのだろうか。
気が付けば、ブルースのCDは違うものに変わっていた。
さて、夜もだいぶ更けてきた。ボクは先に帰らしてもらおうか。
お金とH部さんを置いて、ボクはひとり店を後にした。
抑圧されたものからの解放をブルースが唄うのならば、ボクもこの眠気から早く解放されたい。
できれば、このスーツを脱いで、早くホテルの部屋で自由になりたい。
今、ボクがギターを手にしているのであれば、ボクはきっとそう歌う。
部屋に戻るともう日付が変わっていた。ボクは2時間近くも店のカウンターで突っ伏していたことになる。
H部さんといえば、その後3時まで飲んでいたという。
ボクが一人で店を出てホテルに帰ったこと、「ボクは置いてかれたんですからね」とH部さんは今でもそう言ってボクにあたるのである。
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