トリンドル玲奈に似たウエイトレスが、我々のテーブルに立ちはだかったとき、思わず固まってしまった。
白い透き通るような肌に、汚れを知らない無垢な心をもっているかのようにみえる世田谷のお嬢様。フリルの制服が眩しい。
その子に果たして『ナカ』という言葉が通じるのか。
恐らく、怪鳥も同じ思いだったに違いない。
我々はしばらく阿呆のように逡巡した。
一瞬、「ナカ」という言葉を、別の言葉に置き換えようと、頭を巡らせた。例えば、「おかわり焼酎」とか。
だが、延々に続くと思われたその静寂を破ったのは、怪鳥だった。
「ナカください」。
ホッピーを飲みにファミレスに現れた怪しげなおっさん2匹に対しても愛想を振りまきながら、トリンドルはにこにこと「かしこまりました」とオーダーをとった。
「通じた」。
思わず、ボクは胸をなで下ろしながら、ため息混じりに呟いた。
「ファミレスのジョナサンにホッピーがあるらしい」と怪鳥から連絡を受けたのが1週間前。
「こないだ、用事で用賀のジョナサンに行ったんだけど、ホッピーが置いてあった」というのだ。
なにしろ、ファミレスにホッピーである。ファミリーとは対極にあるホッピーが、何故にファミレスにあるのか。我々は用賀に集ったのである。
約1年ぶりのホッピー研究会。怪鳥に会うのは1年以上ぶりだ。
用賀のジョナサンは空いていた。
我々は席に着き、メニュー表を見ると、そこには確かにホッピーがあった。
だが、驚くのはまだ早い。
我々を更に驚かせたのが、その値段である。
ホッピーのソトが250円。ナカはなんと100円だ。
ただし2品で500円。飲み物とつまみをチョイスするとこの値段になるというわけ。
ちなみに、このサービスは全てのジョナサンでは行なっていない。我が街、王子神谷のジョナサンにこのメニューはない。
さて、おっさん2匹、早速ホッピーセットとつまみを頼む。
つまみは充実をしている。さすがは、レストラン。
「フライドポテト」「揚げ春巻」「ほうれん草ベーコンソテー」「スパゲティナポリタン」「手羽先」など15品。
充実の品ぞろえだ。
ホッピーセットは同店が普段ビールで使用していると思われる大きめのタンブラーで出てきた。焼酎の量的には立ち飲みには及ばないが、100円のナカは相当お値打ちといえよう。
悪くない。酒肴も最高だ。
だが、何故ジョナサンがこのような仕掛けを行っているか、疑問だ。それとも、いくらホッピーを安くしても、ろくでなしは来ないと踏んでいるのか。
ともあれ、我々はしっかりナカを2杯おかわりして、ファミレスを後にした。
注文をするために押す、呼び出しボタンを押すたびに、何か後ろめたい思いにかられ、そしてトリンドルに注文をする。
注文を唱える心の中で、おぁ、すべての罪を浄め給えとつぶやくのだった。
だが、一方ではこうも思った。
「ナカ濃い目で」と言っても、恐らく通じないだろうし、もし通じたところで、この清らかなお嬢さんを困らせてしまうだけだろうなって。
でも、この企画を敢行したジョナサンに拍手を送りたい。