「立ち飲み屋ないじゃん。」
地下鉄東西線木場駅周辺の立ち飲み屋情報を読者の皆様に呼びかけてみたものの、有力な情報は得られず、行けばなんとかなるだろう、と前回の終了地点、門前仲町駅から立ち飲みラリーを敢行した。
なにしろ、深川木場は木材商の町。木材商の職人たちがこぞって集う酒場がたくさんあるはずだ。職人たちは長っ尻する店を嫌うだろうから、きっと立ち飲みのような店のほうが、むしろ多いのではないか、などと夢想しながら、うだるような暑さの永代通りを東へ歩いた。
門前のアーケードは人も賑やかで歩いていて楽しかったが、少しずつ人も減り、店もなくなり、寂しげな景色へと変わっていく。しばらく行くと川幅の狭い平久川という小川を渡った。読み方が難しい。これで「へいきゅう」と読むらしい。
さらに少し歩くと首都高速の高架が現れた。木場駅はもうすぐだ。
首都高速深川線の真下に差し掛かったところで、清楚な女性と千葉ロッテマリーンズの帽子を被ったお兄ちゃんが南の方角を向き合掌しながらお経のようなものを唱えている。
それを塾帰りの少年たちが不思議そうな表情で恐々覗いていた。
そんな彼らを通りすぎた瞬間、わたしはなんとなく左に曲がりたい衝動に駆られた。目指す飲み屋があるように感じたからだ。
そこには確かに飲み屋はあったが、立ち飲みではなかった。だが、まだ6時過ぎの夕方なのに店の中は、サラリーマンでいっぱいだった。
永代通りに戻り、少し歩くと地下鉄の入り口に差し掛かった。どうやら木場駅に着いたようだ。少しずつ町並みも賑やかになってきた。
通り沿いと対岸の店の並びをきょろきょろしながら歩いていく。居酒屋は多いのだが、立ち飲み屋となるとどうも見つからない。
これは困った。
とうとう沢海橋まで来てしまった。つまり木場駅をも過ぎてしまったのだ。
もう少し行ってみようかな。
と、更に東に進むと交差点が少し賑やかになった。
どうやら洲崎神社の商店街のようだ。
試しに左に曲がった。
居酒屋らしき店もあるが、やはり立ち飲みではない。
少し、行くと大きな看板を出した酒の小売店がある。もしや、と思って近づいたが純粋に小売だけのお店だった。
辺りは既に薄暗くなってきた。
酒屋の表には数台もの自販機が置いてあり、当然酒販のものもあった。
ふと、ビールを買おうか、悩んだ。
なにしろ、蒸し暑いうえに、ずっと歩きとおしだったたから、喉が渇いている。
もう少し歩いてみようか。なんとかその誘惑を断ち切った。
こじんまりとした商店街もどうやら終わりのようだった。
ぐるりと回って駅に戻るか。そう思って通りを左に折れた。
遠く向こうには木場公園の鬱蒼とした森が見える。
辺りは住宅街になってしまった。
もう駅の方に向かうしか手立てはない。
突き当たりの木場公園の手前を更に左に曲がった。ここをまっすぐ行けば木場駅に戻る。
少し、行くと灯りがともる居酒屋の看板が向こうに見えた。
もしや、と思って近づいたが、地元の普通の居酒屋さんだった。
更に少し行くと、「酒たばこ」という看板が黄色く光っていた。
どうやら酒の小売店のようだ。
その向こうには永代通りが微かに見えている。木場駅ももう間近だった。
今日はとりあえず出直すかな。
そう思いかけたとき、その酒の小売店を通りすぎた。
確かに間違いなく、その店は酒屋さんだった。だが、よく見ると小売スペースの向こうは何となんと立ち飲み屋さんではないか!
おぅ、なんということだ。なんという神の思し召し!
最後の最後で立ち飲み屋に巡り合うなんて。
興奮を抑えきれずふらふらと店に侵入した。
すると、宮本亜門に似た若旦那が小売の客と思ったのか、わたしの眼前に立ちはだかる。
わたしは「いいですか」とやや気弱な声で訊ねた。
もしかして、ここは会員制の秘密の立ち飲み屋であって高い会員権と厳正な審査に受かり、店の女将さんに気に入られた者しか足を踏み入れることができない店なのか、と心配になったからだ。
だが、宮本亜門は別にもったいぶるわけでもなく、呆気ないほどに「どうぞ」と 言って立ち飲みスペースに通してくれた。
とにかく様子が分からないから「生ビール」を貰うことにした。亜門は裏の棚からジョッキを出すとサーバーに向かい生ビールを注ぐ。
そこで、常連客が颯爽と登場して一人ひとりに挨拶を配っていく。何故か、わたしにも挨拶して、中央のテーブルにポジションした。
生ビールがいくらなのか分からなかったから千円札を出した。すると、お釣りが700円も戻ってきた。これは安い!ジョッキはどこの居酒屋にも置いてある普通の大きさのものだ。これになみなみ注いでたったの300円だなんて。この量から推測すれば神田の「味の笛」と量と値段はいい勝負だな。
つまみを頼むタイミングを逸した。というのもメニュー表などは当然なく、貼り紙のような品書きもされていない。だが、目の前で一人飲んでいるお爺さんは小皿に盛られた何かをつまんでいる。しかし、それが何なのかが分からない。
これはちょっと様子を見るか、と一番手前のテーブルに陣取った。
このテーブルには既に先客がいた。
2人組のサラリーマンである。
やはり、何かをつまんでいるが、それが何か分からない。
わたしはテレビの野球中継を見るふりして店の中を観察した。まず、女将さんの背後には棚があって、数種類の缶詰が置いてある。魚の缶詰に貝のもの。そしてコンビーフなどなど。その脇には「ペヤングソース焼きそば」が4個から5個積み重ねられていた。おや、ビールサーバーの横には駄菓子屋でよく見たセルロイドの入れ物。ほら、酢イカとかの串刺しした奴を入れる大きな蓋の入れ物がある。そして、業務用の大きな冷蔵庫だ。
どうやら、これらを選べば女将さんが皿に盛ってくれるんだな。
わたしは目を泳がせながら、サバの缶詰を指さして注文した。
すると、予想通り女将さんは缶詰を開けて、皿に盛りつけてテーブルまで運んでくれた。
事情がよく分からなかったから、注文のたびにお金を支払っていたが、周りにいる十数人の客は、そうはしていなかった。さっき挨拶を配っていたお兄ちゃんは、酒屋の小売スペースに行ってチルドビールを持ってきてプシュっと開けては飲んでいたし、その後入ってきたおっさんは勝手に業務用の冷蔵庫から豆もやしを取り出して食べていた。
かしこまっているのはわたしぐらいなもの。
女将さんは「見かけない顔だな」と品定めするように見つめる。
わたしは、いつの間にか、2杯目の生ビールを飲み干していた。
せっかく、店の雰囲気にも慣れてきたし、ここで帰るのはちょっと惜しい。女将さんの頭上の棚に陳列された幾つかの焼酎から芋の「晴耕雨讀」(佐多宗二商店)を水割りで注文した。
これがなんと僅か300円。他店で飲めば500円以上は確実でしょ。
つまみには駄菓子の串イカを2本。
串イカのうち1本はゲソ。女将さん、わざわざコンロで少し炙ってくれたみたい。素朴だが、最高の肴だ。
すっかり酔ってしまった。
一人で飲むと酔いが早いかも。
女将さんは常連客との話しに興じている。おっさんの客が「結局何発打ったの」と聞くと女将さん、「7発よ」と大きな声で叫んだ。
どうやら、今朝方、北朝鮮が発射したミサイルの話題らしい。
そんな話しが続く中、女将さんに礼を言って店を後にした。
昔はこの辺りにも立ち飲み屋がいっぱいあったんだろうな、と思う。小売店だからこそ安く酒を飲ませてくれるわけで、いつまでもこういう店がなくならないでほしいと切に願う。
そしてそして、立ち飲みラリーはまだまだ続くのだ。
地下鉄東西線木場駅周辺の立ち飲み屋情報を読者の皆様に呼びかけてみたものの、有力な情報は得られず、行けばなんとかなるだろう、と前回の終了地点、門前仲町駅から立ち飲みラリーを敢行した。
なにしろ、深川木場は木材商の町。木材商の職人たちがこぞって集う酒場がたくさんあるはずだ。職人たちは長っ尻する店を嫌うだろうから、きっと立ち飲みのような店のほうが、むしろ多いのではないか、などと夢想しながら、うだるような暑さの永代通りを東へ歩いた。
門前のアーケードは人も賑やかで歩いていて楽しかったが、少しずつ人も減り、店もなくなり、寂しげな景色へと変わっていく。しばらく行くと川幅の狭い平久川という小川を渡った。読み方が難しい。これで「へいきゅう」と読むらしい。
さらに少し歩くと首都高速の高架が現れた。木場駅はもうすぐだ。
首都高速深川線の真下に差し掛かったところで、清楚な女性と千葉ロッテマリーンズの帽子を被ったお兄ちゃんが南の方角を向き合掌しながらお経のようなものを唱えている。
それを塾帰りの少年たちが不思議そうな表情で恐々覗いていた。
そんな彼らを通りすぎた瞬間、わたしはなんとなく左に曲がりたい衝動に駆られた。目指す飲み屋があるように感じたからだ。
そこには確かに飲み屋はあったが、立ち飲みではなかった。だが、まだ6時過ぎの夕方なのに店の中は、サラリーマンでいっぱいだった。
永代通りに戻り、少し歩くと地下鉄の入り口に差し掛かった。どうやら木場駅に着いたようだ。少しずつ町並みも賑やかになってきた。
通り沿いと対岸の店の並びをきょろきょろしながら歩いていく。居酒屋は多いのだが、立ち飲み屋となるとどうも見つからない。
これは困った。
とうとう沢海橋まで来てしまった。つまり木場駅をも過ぎてしまったのだ。
もう少し行ってみようかな。
と、更に東に進むと交差点が少し賑やかになった。
どうやら洲崎神社の商店街のようだ。
試しに左に曲がった。
居酒屋らしき店もあるが、やはり立ち飲みではない。
少し、行くと大きな看板を出した酒の小売店がある。もしや、と思って近づいたが純粋に小売だけのお店だった。
辺りは既に薄暗くなってきた。
酒屋の表には数台もの自販機が置いてあり、当然酒販のものもあった。
ふと、ビールを買おうか、悩んだ。
なにしろ、蒸し暑いうえに、ずっと歩きとおしだったたから、喉が渇いている。
もう少し歩いてみようか。なんとかその誘惑を断ち切った。
こじんまりとした商店街もどうやら終わりのようだった。
ぐるりと回って駅に戻るか。そう思って通りを左に折れた。
遠く向こうには木場公園の鬱蒼とした森が見える。
辺りは住宅街になってしまった。
もう駅の方に向かうしか手立てはない。
突き当たりの木場公園の手前を更に左に曲がった。ここをまっすぐ行けば木場駅に戻る。
少し、行くと灯りがともる居酒屋の看板が向こうに見えた。
もしや、と思って近づいたが、地元の普通の居酒屋さんだった。
更に少し行くと、「酒たばこ」という看板が黄色く光っていた。
どうやら酒の小売店のようだ。
その向こうには永代通りが微かに見えている。木場駅ももう間近だった。
今日はとりあえず出直すかな。
そう思いかけたとき、その酒の小売店を通りすぎた。
確かに間違いなく、その店は酒屋さんだった。だが、よく見ると小売スペースの向こうは何となんと立ち飲み屋さんではないか!
おぅ、なんということだ。なんという神の思し召し!
最後の最後で立ち飲み屋に巡り合うなんて。
興奮を抑えきれずふらふらと店に侵入した。
すると、宮本亜門に似た若旦那が小売の客と思ったのか、わたしの眼前に立ちはだかる。
わたしは「いいですか」とやや気弱な声で訊ねた。
もしかして、ここは会員制の秘密の立ち飲み屋であって高い会員権と厳正な審査に受かり、店の女将さんに気に入られた者しか足を踏み入れることができない店なのか、と心配になったからだ。
だが、宮本亜門は別にもったいぶるわけでもなく、呆気ないほどに「どうぞ」と 言って立ち飲みスペースに通してくれた。
とにかく様子が分からないから「生ビール」を貰うことにした。亜門は裏の棚からジョッキを出すとサーバーに向かい生ビールを注ぐ。
そこで、常連客が颯爽と登場して一人ひとりに挨拶を配っていく。何故か、わたしにも挨拶して、中央のテーブルにポジションした。
生ビールがいくらなのか分からなかったから千円札を出した。すると、お釣りが700円も戻ってきた。これは安い!ジョッキはどこの居酒屋にも置いてある普通の大きさのものだ。これになみなみ注いでたったの300円だなんて。この量から推測すれば神田の「味の笛」と量と値段はいい勝負だな。
つまみを頼むタイミングを逸した。というのもメニュー表などは当然なく、貼り紙のような品書きもされていない。だが、目の前で一人飲んでいるお爺さんは小皿に盛られた何かをつまんでいる。しかし、それが何なのかが分からない。
これはちょっと様子を見るか、と一番手前のテーブルに陣取った。
このテーブルには既に先客がいた。
2人組のサラリーマンである。
やはり、何かをつまんでいるが、それが何か分からない。
わたしはテレビの野球中継を見るふりして店の中を観察した。まず、女将さんの背後には棚があって、数種類の缶詰が置いてある。魚の缶詰に貝のもの。そしてコンビーフなどなど。その脇には「ペヤングソース焼きそば」が4個から5個積み重ねられていた。おや、ビールサーバーの横には駄菓子屋でよく見たセルロイドの入れ物。ほら、酢イカとかの串刺しした奴を入れる大きな蓋の入れ物がある。そして、業務用の大きな冷蔵庫だ。
どうやら、これらを選べば女将さんが皿に盛ってくれるんだな。
わたしは目を泳がせながら、サバの缶詰を指さして注文した。
すると、予想通り女将さんは缶詰を開けて、皿に盛りつけてテーブルまで運んでくれた。
事情がよく分からなかったから、注文のたびにお金を支払っていたが、周りにいる十数人の客は、そうはしていなかった。さっき挨拶を配っていたお兄ちゃんは、酒屋の小売スペースに行ってチルドビールを持ってきてプシュっと開けては飲んでいたし、その後入ってきたおっさんは勝手に業務用の冷蔵庫から豆もやしを取り出して食べていた。
かしこまっているのはわたしぐらいなもの。
女将さんは「見かけない顔だな」と品定めするように見つめる。
わたしは、いつの間にか、2杯目の生ビールを飲み干していた。
せっかく、店の雰囲気にも慣れてきたし、ここで帰るのはちょっと惜しい。女将さんの頭上の棚に陳列された幾つかの焼酎から芋の「晴耕雨讀」(佐多宗二商店)を水割りで注文した。
これがなんと僅か300円。他店で飲めば500円以上は確実でしょ。
つまみには駄菓子の串イカを2本。
串イカのうち1本はゲソ。女将さん、わざわざコンロで少し炙ってくれたみたい。素朴だが、最高の肴だ。
すっかり酔ってしまった。
一人で飲むと酔いが早いかも。
女将さんは常連客との話しに興じている。おっさんの客が「結局何発打ったの」と聞くと女将さん、「7発よ」と大きな声で叫んだ。
どうやら、今朝方、北朝鮮が発射したミサイルの話題らしい。
そんな話しが続く中、女将さんに礼を言って店を後にした。
昔はこの辺りにも立ち飲み屋がいっぱいあったんだろうな、と思う。小売店だからこそ安く酒を飲ませてくれるわけで、いつまでもこういう店がなくならないでほしいと切に願う。
そしてそして、立ち飲みラリーはまだまだ続くのだ。
この店は一見客はほぼ来なさそうだね。君もプロに近づいてきたねえ。
やっぱりまずは店内観察しちゃいますね。
一番気になるのが、常連さんのようなお客さんが食べているモノ。。。
それでもやっぱり、お客さん?が自分でお酒を取り出してプシュっとやるお店って
なかなかないのではないでしょうか(笑)。
バックパッカー時代の、世界各国安価定食屋&屋台探方のような趣すら漂っているね。なんとなくあの時の気分を、スーツ姿ながら今も居酒屋めぐりで味わっているんじゃないか?師よ。
しかし、これが実に楽しいんだナ。
>プロに近づいてきたねえ。
ありがと。怪鳥。これでお金稼げればいいんだけれどね。
しかし、今回はかなり奇跡に近かった。駅まではこの店しかなかったのに、それが立ち飲み屋だなんて。当ブログ史上最高のドラマチックな展開だったかな。
まき子さんでも、初めての店は緊張するのでしょうか。きっと、2回や3回行った程度では、勝手に冷蔵庫物色できないよねぇ。何回行けばこのようになれるんだろう。
ちなみに妻の実家に行って勝手に冷蔵庫を物色することは今でもできません。
師よ。
アジアのそれとはちょっと違うかな。
インドに行って「マサーラドーサある?」って聞いて、なかったら出ればいいし。中国で「有没有炒飯?」と尋ねて「没有」と言われれば、また違う店に行けばいいけれど。
日本は逃げ道ないからねぇ。
でも、インドの安くて汚い店を経験してきたから、日本のどんな店でも全然へっちゃらではあるね。
この中に登場する「挨拶を配るお兄ちゃん」は、多分職場の先輩と思われます。。。
行動があまりにリアルに記載されているので、今職場は大笑いとなっています。
後程、本人にも確認してみたいと思います!
ちなみに「挨拶を配るお兄ちゃん」は水曜日に三国屋へ出没するケースが多いです。ご参考までに・・・
当ブログを開設して2年と半年になりますが、当事者、或いは当事者のお知り合いからコメントを頂いたのは初めてのことです。
そして、職場にささやかな笑いを提供できたことを本当に嬉しく思います。
今となっては、挨拶を配るお兄さんの顔がはっきりとは思い出せませんが、既に何人かの集団が店の奥に陣取っていて、遅れてきた感じでした。
わたしは、注文するたびに商品のお金を払っていましたが、その方は勝手にチルドビールなどをとってきても一切お金を払っていなかったようです。
水曜日に三国屋に行けば会えるのですね。
また、是非お会いしたいものです。
よろしくお伝えください。
こちらのブログ記事をプリントアウトして、女将さんが渡してくれました。気に入っている様子でした。
その記事から、こちらへ辿り着いた次第です。
三国屋の女将さんが当ブログを読んでいてくれていたなんて。しかも気に入って頂いているとは。ものずごく嬉しい限りです。
いとっちゃんさんもよく三国屋さんに行かれるのでしょうか。
これだけ、三国屋さんファンからコメントを頂くようであれば、やはり三国屋さんに行かなければいけないと思えてきました。
もし、いとっちゃんさんが頻繁に三国屋さんに行かれているのでしたら、女将さんに伝えていただけませんでしょうか。「ブログを書いた奴が近々来るそうだよ」って。
すみません。変なお願いをして。
是非、タイミングがあって、いとっちゃんさんとお会いできれば、これまた嬉しいですね。