「釣吉」を出ると、ひんやりした冷気に包まれた。津軽はもう冬支度なのだ。そういえば、「釣吉」で、自分の隣に座られたご夫婦は名古屋から紅葉を見に来たという。とある有名な紅葉スポットに行き、駐車場が渋滞で数時間待ちになったと教えてくれた。
もう少し飲みたい。腹にたまるものが食べたくなった。それなら町中華か。確か、さっき町を歩いていたとき、それにうってつけな店があった。そこに行ってみようか。
夜の町を歩いていると、津軽の演歌を思い出した。五所川原出身のYちゃんと一度だけ行ったカラオケで彼が歌った唄を今も忘れない。
「降りつもる雪、雪、雪また雪よ」。
新沼謙治さんの「津軽恋女」である。
「津軽には七つの雪が降るとか」。
口ずさみながら、夜の五所川原を歩く。
町中華らしき店の前に辿り着く。しかし、困ったことに、同じような店が両隣で並んでいる。
「瑞豊」と「ジャンボ」。
「ジャンボ」はシンプルな感じの店だが、「瑞豊」はよく分からない。暖簾にはラーメンと書かれ、看板には「おでん」と、更に店の壁には、「馬肉料理」やら「かも肉」やら、これでもかとアピールしてくる。一体何屋なんだ?ラーメン屋ではないのか?それともラーメン屋派生の酒場か?そんな疑問が頭に浮かぶ。
ともあれ、このアピールは地元客用ではなく、完全に観光客用である。そんなことも分かりきっているのに、「瑞豊」に入ってしまった。ラーメンの他になんかうまいもんでもあるかも。そんな軽い気持ちだった。
だが、あらゆる予想に反して、そこは典型的な居酒屋だった。
明るい店内、カウンターと宅席。真っ暗な町から、いきなり明るい空間に入り、目がちかちかする。カウンターに女性が一人いたが、店員さんだった。店内に入った瞬間、失敗したと思ったが、もう後の祭りだった。
大田和彦さん風に言うなら、「今の政治はなっとらん」となり、店を出るパターン。しかし、何かオーダーしないと申し訳ないから、「焼酎(サワー)」と「冷奴」を頼んだ。頭上のテレビから流れるバラエティ番組を見ながら、黙々と「冷奴」をいただく。
テレビがあってよかった。もし、店内がシーンとしていたら、気まずい雰囲気になってただろう。その沈黙に耐えられず、お店の人と話をしたら、抜け出すのも困難だったかもしれない。ただ、「冷奴」がやたらと巨大で、なかなか食べきれなかった。けれど、早く食べないと、お店の人に話しかけられでもしたら逃げられなくなる。なるべくテレビに集中してる風を装い、隙を見せないようにしよう。
幸いなことに番組は面白く、ついつい声を出して笑ったら、厨房のおじさんとおばさんは顔を上げて、こっちを見た。あまり、気に留められてなかったようだ。やっとのことで、「冷奴」をたいらげ、会計。千数百円を支払った。
やれやれ参った。最初から、「ジャンボ」に行けばよかった。
「瑞豊」自体は決して悪くない。ただ、自分のニーズと違っただけである。
朝4時ぐらいまで営ってるのは、日付が変わると店仕舞いした同業者が来るのかも。
まさに一軒目の酒場ですね。自分の目当てはラーメンだったので。しかも一人客を想定していません。
朝4時までの営業。
いやはやそこまでチェックしてなかったです。