因縁の土地

2008年11月25日 | diary
元次官宅襲撃事件の容疑者が、意外に身近にいたことを知り驚いてしまった。

自分の住んでいる市が事件の舞台となると、報道の映像で思いがけず見知った風景に出会うことになる。

レンタカー屋さんは大型の荷物を運ぶときに、何度か利用した店だし
容疑者が通っていた整形外科は、私が利用する医院。
そして、住んでいたという場所は、私が何年か住んでいた所だった。
おまけに容疑者が行ったといわれるすっぽん料理店は、その住んでいた場所の真裏で、私も1回だけ行ったことがあった。

しかし、このことをきっかけに、忘れていた当時のことを次々と思い出す結果になった。

そこは私にとって、あまり良い思い出の無い土地だった。
私は土地の因縁などは信じないけれど、そんな因縁めいたすっきりしないことの多い場所だったのだ。
義父の友人が大家さんだった。
持っているアパートが空いているからと勧められ、即入居できたのは良かったけれど…

ナント、隣に刺青を背中に彫った男が家族と住んでいたり
そして、入居している16世帯は若い夫婦ばかりで、それぞれ子供がいた。
その内の3家族が、障害を持つお子さんを持っていらしたのだ。
そこで産まれた息子も、原因の分からない症候群と名のついた病気に罹ることになり
(現在は完治して元気)
そこにいた数年の間は、私も病気がちで、その上30代のいつも元気なお母さんが急に亡くなったり、次々と入居者が車の事故にあったりと
今思い出しても、何かが起こり過ぎの、御祓いをしてもらいたくなる土地だった。

今はすっかり様変わりしているけれど、
私にとっては、方角が悪い土地だったのでは、と思う。

容疑者にとっては、どうだったのだろう?

しかし、後味の悪い事件ではある。
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シクラメン

2008年11月22日 | diary
植木屋さんが入り、年末に向かっての庭木の手入れ。
我が家は隣家と違って、手入れをするほどの良い樹木があるわけでもないけれど
しかし、剪定された後の庭はすっきりとして、床屋さんから帰って来たばかりの子供の頭を連想させる。

           


そして、今日は恒例のシクラメンの買出し。
毎年11月の連休が、市内のシクラメン生産農家の一斉発売日なのだ。
組合に入っていない農家は、既に売り出しているが、私はいつも通っているKシクラメン園へ今年も出かけた。

本音は、シクラメンに飽きてきた感は無きにしも非ず。
しかし、それに代わる長い冬を飾る花も無く、まして花持ちも半年はあるリーズナブルな花。

バブルの頃は、シクラメンの人気が最盛期だった。
当時は開園する早朝に行かないと、ここのシクラメンは品質が良いので早々と売切れてしまった。
近年は景気が影響しているのは明らかで、いつもの賑わいが年々見られなくなっている。
今年も、駐車している車もまばら。

           


花もどんどん改良され、行く度に変わった花が目に入るけれど…

この業界もこの先行き大丈夫かしらと、他人事ながら気になってしまう。

そういえば、私もギフトにシクラメンを贈っていたけれど、最近はそれも止めたし…。

と言いながら、気持ちを明るくしてくれる花の色に惑わされ
今年は3鉢だけにしようと思っていたのに、気付けば5鉢も買っていた。
オーソドックスな安価な花ばかりだけれど。

                

           このシクラメンは名前が ランジェリーピンク 
           なんて色っぽい!
           優しいピンクです。
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ボタン付け

2008年11月20日 | diary
スーパーの駐輪場に自転車を置き、さて駅に向かおうとすると…

スーパーの前庭のベンチで20代の社会人と思しき若者が、なにやら必死に格闘中。
彼から、バンバン必死オーラが出ているのだ。

その必死オーラに導かれ、何と格闘しているのかと若者を見れば
なんと、コートもしくはスーツの上着にボタン付けをしていた。

これから会社などを訪問するのに、うっかりボタンが取れてしまったのか?

ちょうど、目の前は100円ショップ。
そこで買い求めたらしい糸と鋏が、彼の横に置かれていた。

その必死オーラに、彼を放っておけない感じがして
「お手伝いしましょうか」と、声を掛けるべきか、一瞬迷った。

とはいえ、私はこれから人に会う予定。
余分な時間は取れず、気になりながらもその場を去った。

はてさて、苦労していたボタン付けは上手くいっただろうか?


しかし、良く考えれば
夫も、1人暮らしの息子もボタンぐらいは自分で付けられる。

ああ、手を出さないで良かった。
結婚しない若者が増える今、男子だって何でも自分で出来なければ
これからの世の中、1人では生きていけない。

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サロンコンサート と 親友

2008年11月16日 | おでかけ
姪が弾くヴァイオリンの、サロンコンサートに出かけた。

場所は、都内の本所吾妻橋のフレンチレストラン。
浅草に近い裏通りに面した、贅沢に建てられた個人邸宅の1階をエレガントな隠れ家風レストランに設えてある。



  

                    

        


以前に、雑誌に掲載されていたけれど、他のレストランとはどこか雰囲気も違って、私たちは和室のテーブルだった。


                 


会員制倶楽部としてあるけれど、予約をすれば利用できるらしい。


                     



お食事は勿論、食器もおもてなしも素敵。
靴を脱ぎ、スリッパに履き替えるので、友人宅にでも伺ったような気楽さ。

          

姪のヴァイオリンも最高だった。
演奏は、私の好きなラフマニノフのヴォカリーズやピアソラのリベルタンゴなど、ステージコンサートではないので有名な曲目を選んだらしい。
いつものように、伴奏のピアニストはウィーン時代の友人。


そして私といえば、しばらく忙しい日々が続いていたので、そのことに気を取られていたのか、とんだ勘違いをしてしまった。
つまり、私の思い込み。
思い込みには、日頃から気をつけているというのに…


というのも、コンサートに親友を誘い、その待ち合わせ時間を間違えて伝えてしまったのだ。
ふたりでレストランの前に着くと、門が固く閉ざされて。
なんか変??と思っていると、車で早めにやってきた姉夫婦とバッタリ。
そこで判明したことは、実際の時間の1時半を11時半と勘違いしていたという訳。
前々日に姉と時間の話をしたというのに、どこで時間の思い違いをしてしまったのか未だに分からない。
そういう時はパンフを見ても、思い込んでいるので、意識に引っかからない。
エ~~ン(泣)こんなの初めて。
しかし、時間に遅れたわけではないから、ま!良いかと立ち直る。

結局、時間まで近くのカフェでお喋り。
親友のHとは、普段電話ではお喋りしていても、会うのは1年ぶりだった。
一昨年に永年難病だったお兄さんを送り、1人暮らしになってから心身共に不安定になっていた。
日々、元気になりつつあるようだけれど…
「私って、やつれたでしょ?」と、いきなり訊かれた。
こんな時は、どう応えてよいか分からない。
確かに、あまりの痩せ具合に驚いていたのだ。

食事が始まれば、元々料理研究家なので食材を尋ねたり、メモ書きをしたりと、以前のように前向きになっている様子が見え、少し安心をした。

時間を間違えたおかげで、逢えなかった日々のことなどをゆっくりお喋りをすることができた。

しかし、初めて会った中学生の頃のように、ころころと屈託無く笑う元気な彼女に早く会いたい。

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秋はARTで

2008年11月11日 | art
          

レッスンの後に、上野に出た。
ウィークデーだというのに上野公園口は人の波、波。

芸術の秋だから?

人波をみれば、フェルメール展と大琳派展の図録を持つ人ばかり。
以前に近代美術館での「RIMPA」にはいたく感動したけれど、琳派好きの私がもう一度観たいと願っている作品は無いし…。
フェルメールの混雑状況は4,50分待ちだし。

そんなことを書き始めていたら、最近は感動という感情からいたく離れているのに気がついた。
感性が鈍ったのか、麻痺してきたのか。
机の前には今秋の美術展をメモして貼ってあるけれど、どれもいまのところ食指が動かない。

そんな訳で、今回は人の少なそうな西洋美術館へ行くことにした。

デンマークの画家「ヴィルヘルム・ハンマースホイ展」へ。

日本では、今回始めての回顧展だとか。
パリ、ロンドン、ニューヨークそして日本へと、欧州では没後急速に人気がでてきた画家らしいけれど、私はこの画家は知らなかった。
確かにあの女性の後姿のポスターは気にはなっていたが。
しかし、鑑賞しながら人の後姿ばかりを描いていた好きな画家の1人のフリードリッヒを思い出した。
どうやら、彼の影響も受けているらしい。
硬質な絵画、それが第一印象だった。
室内を流れる空気のかすかなざわめきも聞こえず、黒いドレスを着た女性が室内に閉じ込められ、観ているとだんだん息苦しくなった。
絵の紹介文の中に何度か出てきた言葉がメランコリーだし、少々でも鬱っぽい方にはお勧めできない。

まだ学生の頃に、雑誌に掲載されていた1枚の絵に感動して、銀座の画廊まで観に行ったことを思い出した。
パリで学び、そこを土台として日本人の画家が描くところの、それまで知らなかった絵画の色の鮮やかさに圧倒されたのだ。
その画家の名前を検索しても全然ヒットしないので、随分前に亡くなったのかもしれない。

もう一度あの色に逢いたいと、美術館を出てからつくづく思った。
コメント (8)
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