声の仕事とスローライフ

ただ今、仕事と趣味との半スローライフ実践中。遠方の知人友人への近況報告と、忘れっぽい自分のためのWeb忘備録です。

アナウンサー学校?

2012-12-03 09:29:33 | 自衛官時代の想い出
「大阪のアナウンサーの学校から
資料が届いたから、取りにおいで」

と、広報室長から隊内電話がかかってきたのは、2~3日後の事でした。

「えっ?!アナウンサーですか?」

ちょっと意外でした。

(司会の勉強がしたいと言っただけなのに…。)

正直なところ、アナウンサー学校という言葉に大袈裟なイメージがあり、
違和感を持ちましたが、

資料をみると、学校というより「塾」
のようなところで、
週に一度、木曜日の夜7時から開講しているようでした。

(週に一度なら、何とか通えるかな…)

とは言っても、
自衛官は必ず有事に備えていざとい
う時に出動できるように、
隊内に決まった人員を確保しておか
なければいけません。
いつでも自由に外出できるわけではないのです。

外出できる人数枠が決められていて、
土日などは枠の奪い合いです。

当然、外出申請をした先輩隊員の残りの枠を後輩隊員で奪い合う事になり
ます。

その上、外出先を申請書に記入し
目的を明確にしなければなりません。

「買い物」などが定番の外出目的でしたが、今回は毎週の事で、
それ相応の理由が必要です。

アナウンス教室は2時間、伊丹駐屯地から、阪急伊丹で大阪まで30分、
トータルでも3時間以上かかります。

毎週通うには音楽隊の先任幹部と
寮生活を送っている婦人自衛官管理隊長の許可が必要です。

しかも、単なる自己啓発ではなく、
職務上必要な勉強である、という
大義名分も必要なのです。

音楽隊の業務は夜のパーティーなど
もあるので、週一度とはいえ、
業務に支障があると判断されれば
それまでです。

授業料は当然、全額前納ですので
途中で通えなくなっても返ってはきま
せん。

( どうしようかな…。)

就寝ラッパが鳴り響く中、
ベットに横になっても眠れない日が
多くなりましたが、
それは、今まで感じた事のないポジティブな悩みでした。




  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

アガリ症のMC

2012-12-03 01:12:20 | 自衛官時代の想い出
youtubeの「自衛隊の歌姫」に触発
されて、過去の記憶が次から次へと
思い出され、
なぜ今、自分がここにいるのか、
そして、今の仕事をしているのか
原点は何であったか…を考える良い
機会になっています。

そろそろ、人生の「まとめ」の時期に入っているのかもしれません。(^_^;)

さて、音楽隊の話しの続きです。

音楽隊では大きな演奏会などでは
プロのアナウンサーに司会を頼む
事もありました。

その当時、よく隊に出入りしていた
のは神戸在住の鬼塚ヤスコさんと
いう二十代後半のフリーアナウンサーでした。

ショートボブの似合う美人でスタイルが良く、
何より、その洗練された雰囲気は男性隊員達の憧れの的でした。

司会者への仕事依頼は自衛隊の広報室を通じて行われますが、
その広報室長というのが、とても面白
い人で、

こんな軟派な幹部自衛官がいて良い
のかしら?
と思う程、社交的で話好き、
田端義夫似の温厚な顔立ちの、
典型的な浪速のオッチャンでした。

その広報室長のお気に入りとあって、
音楽隊の定期演奏会や中部方面隊音楽祭りなどでは必ず、鬼塚さんへの司会
の依頼があるようでした。

もっとも予算が決まっている自衛隊
の行事ですから、
毎回プロ司会者を頼むわけには行きません。

どうしても必要な時には、私達、
女性隊員が司会をする事もありまし
た。

あるとき、私にも演奏会の司会の役が回って来ました。

実は、こう見えても私は学生時代か
ら、大変なアガリ症で、
歌よりも何よりも、特に「話す」のが大の苦手でした。

週末に行われる千里ニュータウンでの
「たそがれコンサート」がMCデビュー
の日でしたが、

アガリ症の私は、その日の夕方からの司会の事を考えると、朝からドキドキするほど緊張していました。

それでも、しっかり台本を作り、
この曲の前説では、こういう話をしよ
うと、
1人でブツブツ言いながら、
一生懸命練習をして本番に臨んだので
す。

そして、本番が終わって

(何とかうまく行ったかな…?)

と思っていると、隊員たちから

「早口過ぎて何を言っているのか、
さっぱりわからん」

とのクレーム。

「おマエはディズニーのリスか?」

と、楽器を片付けながら、冗談めかして笑っていた隊員たちもいて、
すっかり自信を無くしてしまいました。

そんなある日、書類を広報室に届ける
用があったついでに、思い切って、
あの広報室長に訊いてみることにした
のです。

「鬼塚さんのような司会ができるようになるには、どうしたらいいんでしょうか?」

パイプ煙草を加えた広報室長は
一瞬、驚いたような顔をしたかと思うと、すぐにニヤリと口の端しに
人懐こい笑みを浮かべながら、
興味津々の表情で私を見て言いまし
た。

「司会か…? わかった、 探しとい
たる。」

音楽隊に所属して一年三ヶ月が過ぎた頃でした。










  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする