音楽の喜び フルートとともに

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最愛の兄との別れ

2024-09-19 21:00:00 | バロック
今朝はSさんのレッスン。
90歳になるお姉さまのお誕生祝いにフルート演奏をプレゼントしようと準備中です。

ピアノ伴奏はないので、CD音源をプレーヤーで流しながら演奏するつもりです。

曲は来生たかお作曲の「シークレット・ロマンス」とマルグリット・モノー作曲エディット・ピアフ作詞「愛の讃歌」

「シークレット・ロマンス」は初めのシンコペーションの部分。
タイで繋がったところはいつものクラッシック音楽の奏法では息を足したりしませんが、タイの後の音符に少し息を足して吹くとリズムがでやすいですよ。

「愛の讃歌」はアウフタクトが拍頭より大きくならないように、丁寧に優しく吹いてください。
付点四分音符は入ったら安心して音を抜かないで次の頂点を目指して吹き込んでいってください。

中間部はささやく語りなので、大きくしなくていいですが、言葉の意味を考えてフレーズの方向、切れ目をよく考えながら吹きましょう。

Sさん、とっても頑張っています。
お姉さまの誕生祝い、うまくいくといいですね。

ヨハン セバスチャン バッハ(1685-1750年)神聖ローマ帝国ザクセン選帝侯領アイゼナハ生まれ、神聖ローマ帝国ザクセン選帝侯領ライプツィヒ没
は8人兄弟の末っ子として生まれました。
1694年5月(9歳)には母エリザベートが亡くなり、父は同年11月に再婚したものの、翌年の1695年2月に父も他界しました。

その後、バッハは兄ヨハン・ヤーコプ (1682-1722年)
と共にオーアドルフの教会オルガニストを務めていた兄ヨハン・クリストフ (1671-1721年)

の家に引き取られます。

勉学に励み、クラヴィーア演奏の基礎もここで学びました。

1704年、兄ヨハン・ヤーコプはスウェーデン国王カール12世(1682-1718年)

の軍隊でオーボエ奏者を務め、後にはフルート奏者を務めることになります。

ヨハン・ゼバスティアンはその兄との別れに際してカプリッチョ「最愛の兄の旅立ちに寄せて」BWV992を書きます。

惜しむような口調で別れの挨拶が述べられ、一同は嘆き悲しむが、やがてご機嫌な調子で馬車がやってきます。

最後は郵便ラッパを模したフーガで終わります。

1.アリオーソ、旅を思いとどまらせようとする友人たちのやさしい言葉 

2.他国で起こるかもしれないさまざまな不幸の想像 
   
3.友人一同の嘆き 
4.友人たちは(どうしようもないと知って)集まり、別れを告げる 

5.郵便馬車の御者のアリア 

6.郵便ラッパを模したフーガ 











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1 コメント

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バッハ (takan32)
2024-09-19 09:23:13
久米さんへ、私のブログにいいね!をありがとうございます。
バッハは子だくさんで、20人の子供が生まれました。徳川家康は16人の子供が生まれましたから、バッハは徳川家康超えですね。
最近見た映画"チャイコフスキーの妻"のチャイコフスキーはお子さんがいませんでした。
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