記憶の彼方へ

カラーとモノクロの写真と一緒に 日頃のなにげないエピソードやホッとするコトバを♪

Merci beaucoup!!

2013年12月30日 18時06分58秒 | Weblog
今年も残りわずか
あぁ、一年が年々駆け足で過ぎ去っていく。ついていけないのは私だけ?

今年一年、どうでしたか?
はなまる、まる、さんかく、バツで表すと何になる?

私の場合、7月には念願の個展を銀座で開催し、作品も幾つか販売することも出来た!!
もちろん、反省点もたくさんあった。まず個展の告知手段、通りを歩く人の目を引くディスプレイ、空間での見せ方などなど

まあまあ、それは次回に生かせばいい
実際にやってみなければわからないことを体験できたことは、大きな一歩だもん

というわけで、今年は「まる」かな。
来年の「やりたいことリストアップ」はじめよ!
これ、ついつい欲張っちゃう
でも楽しいからみんなもやってみてちいさな夢から大きな夢までみんな書くの




今年一年、ブログを読んで頂きありがとうございます。
来年が皆様にとって、はなまるの一年になりますように
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里芋のむきかた

2013年12月20日 00時09分40秒 | Weblog
突然ですが、里芋のもじゃもじゃしたひげ付きの皮は、どうやってむいてる?

子供の頃に母のお手伝いで始めた時は、ジャガイモの皮をむくのと同じようにむき、それが当たり前だと思っていた

19歳の時に、予備校の寮に入った時の出来事
寮は日曜日は寮母さんがお休みになる為、食事は各自で摂ることになっていた。各階に炊事場があるので、好きな時間にカップラーメンをすすったり、みんなとわいわい作りながら食べたりしていた。

ある時、里芋を使った料理を作るのに、流しに泥のついた里芋をゴロゴロ並べた。友達と一緒に包丁で皮をむいていると、滅多に部屋から出てこないHさんが流しに来て、私たちを見て「クスッ」と鼻で笑った

なんで⁈

「何かおかしい?!」
「遠慮しないで教えて」

と、聞いた。
実は彼女は予備校にも殆ど顔を出さず、1日中部屋の中で何をしているんだか皆目わからない人だった。
確か2浪目かなんかで、誰とも話さず寮の中では孤立していた

すこし、戸惑いを見せてから彼女は言った。
「里芋の皮を包丁でむいてる人、初めて見た」

「えっ?包丁使わないでどうやってむくの?」と尋ねた。

すると彼女は、ゴロゴロ転がっている里芋をふたつ手にとり、ふたつを擦り付けてもじゃもじゃの毛と皮をペキペキむきはじめた。

それを見た私たちは「お~!!」と歓声を上げた
ちょっぴり得意げな笑みを含んだ口元を見せて、ツルンと白くむかれた里芋をふたつ差し出し、部屋に戻って行った。

ふたりとも包丁を置き、早速ふたつの里芋をこすり合わせみた。意外と楽しかった。ただ、痛んでいる所は包丁の出番が必要だった。

暫くはこの方法でむいていたけど、なんだかやっぱり包丁でむきたくなっていた。
理由は包丁で切りたい箇所が少なくないからだ。

今日は豚汁を作りたくて、何年ぶりかに里芋の皮をむいたけど、当たり前のように包丁を使った。ジャガイモは今はらくちんなピーラーを使うけど、里芋はピーラーではスベりそうで指の皮をむいてしまいそうでコワイ
里芋を包丁でむくには普段使わない手の筋肉を使うらしく、4個むきおわった後には手が痛くなっていた。
やはりこすり合わせてむけば良かったのだろうか?
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浦島太郎

2013年12月09日 01時30分54秒 | Weblog
25年ぶりに降りたった東久留米駅
当時、生まれて初めての寮生活にウキウキわくわくだって両隣、その奥のそのまた奥、階段を上がった上の階にも友達がいる毎日なんて想像出来る?

そんな夢のような生活を思いっきり満喫し過ぎて、センター試験大失敗
そう、みんなは一浪でめでたく浪人生活を脱出したが、私は二浪目に突入したのだった
(流石に二浪目は寮生活は却下)

そんな懐かしい思い出のあるこの町だが、当時の面影は全くなく、見知らぬ土地に変わってしまっていた

まるで浦島太郎だ

そうそう、駅のそばにあった歯科医院で虫歯の治療をしたことがあった。
前回型採りをして、出来上がって来た金属の詰め物を装着して治療が終了の予定だった。
ところが、出来上がってきた詰め物が歯に合わないらしく、初めは詰め物を削って調整していたが、終いには麻酔をしないで私の歯をキュイーンと音を立てて削りだした
それでも詰め物は合わないらしく、挙句の果て、改めて型採りをされた

今なら文句言っちゃうけど、あの頃は何も言えなかったな
そのにっくき歯科医院も見当たらない。

町が開発されて便利になって、みんなが過ごしやすくなることは大切なことだけど、思い出探しの目じるしは、どこかにぽつんぽつんと残しておいてくれたら嬉しいな。



子供がいるとお部屋がカラフルでかわいい~!!

ちーちゃん手作りの豚汁は懐かしい味

ロールケーキでクリスマスケーキが出来上がりました!

よっちゃん手作りのブールドネージュと、プレゼント交換でいただいたマグカップとお菓子!
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いまできること。。。

2013年12月09日 01時13分10秒 | Weblog
この時期になると、1人、また1人…と、喪中はがきが届く

今迄は、亡くなられた方と直接的に親しい間柄ではない場合が殆どだった。
しかし今年は違った。
喪中はがきの裏の名前を見て思わず声をあげてしまった

私がパリに留学する一年前にお世話になった方で、留学中にも手紙を送って頂き応援してくれていた方。
その方の年齢は私の倍以上だが、私以上にフットワークが軽く、海外旅行が大好きで写真を撮る趣味もあったから尚更可愛がってくれた。

私の夢を自分のことのように応援してくれていたからこそ、中途半端な肩書きでは会えないなんてくだらない見栄を張っていた
なんてバカなんだろう。
等身大の私で充分なのだ。

肩書きで判断するような方では決してないってことは、百も承知のこと。
当時の私が肩書きにこだわっていただけなのだ
こんな後悔は繰り返したくない。

「いつか」会いにいくんじゃなくて、「今」会いに行こう!、と気づかせてくれたことに感謝
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