まい、ガーデン

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『9月1日 母からのバトン』樹木希林・内田也哉子♪海へ来なさい 井上陽水

2020-02-19 08:56:46 | 

『9月1日 母からのバトン』

「死なないでね・・・どうか、生きてください」
希林さんが病室の窓の外に向かって、涙をこらえながら、繰り返し語りかけてた言葉
「今日は、学校に行けない子供たちが大勢、自殺してしまう日なの」
「もったいない、あまりに命がもったいない」
ひと言ひと言絞り出すように教えてくれた、と娘也哉子さんは述べている。

希林さんの死後「不登校新聞」の編集者から、希林さんが不登校・ひきこもりの人たちに
ついて語った原稿が送られてきて、也哉子さんはそれを母からのバトンだと理解した、という。
本当のことをもっと知りたい、その現状を誰かと共有できればと願うようになって。

 (webより)

也哉子さんは4人の方と学校に行けない子供たちについて対話している。
そのおひとりがご自身も少年時代壮絶ないじめにあったという
 ロバートキャンベルさん(webより)

也哉子さんが、希林さんが亡くなってから物理的に慣れないことで忙しくなって、
精神的にも不安がいっぱいだった時に、一回すべてをストップして海を見にいった
という体験を語ったとき。

キャンベルさんは語っている。

7年位前に大きな病気をして入院していたのですが、その時に
井上陽水さんの歌詞を1日1曲、英訳していたんですよ。2か月かけて全部で50曲。
(キャンベルさん、陽水さんの歌が大好きだそうな)

みんな普段分かっているつもりで陽水さんの曲を聴いていると思うんですけど、
僕には彼の日本語のある部分が分からないのです。

本人と会って何回か話をするんですけれど、するりとかわされる。
答えたくないんですよ。みんなそれぞれの解釈があるから、作詞家として言いたくない。
彼の歌をひとつの素材として、英語と日本語で行ったり来たりすることはすごく
おもしろかったし、「日本」を新たな道筋から発見させてくれました。

ああ分かります、陽水さんがするりとかわしたということ。
拙ブログの「深読み音楽会井上陽水さん」でもそうだろうなと想像したことは書いたつもり。
実はこの歌はその番組で♪人生が二度あればの対極として取り上げられている。
陽水さんの長男が生まれた時に作った歌だそうな。
その事実が分かるとなおのこと、キャンベルさんがこの歌を話したいと思ったことが理解できる。

(佐渡)

♪海へ来なさい

太陽に負けない肌を持ちなさい
潮風にとけあう髪を持ちなさい
どこまでも 泳げる力と
いつまでも 唄える心と
魚に触れるような
しなやかな指を持ちなさい
海へ来なさい 海へ来なさい
そして心から 幸せになりなさい

風上へ向える足を持ちなさい
貝がらと話せる耳を持ちなさい
暗闇をさえぎるまぶたと
星屑を数える瞳と
涙をぬぐえる様な
しなやかな指を持ちなさい
海へ来なさい 海へ来なさい
そして心から 幸せになりなさい

この歌はずっと「しなさい」でつながっていますよね。
「何かをしなさい」って言葉は、普通なら子どもにプレッシャーや
規範意識を植えつける言葉じゃないですか。
でもこの「しなさい」ほどやさしい日本語はないんです。

この歌がひょっとすると、それこそまだ若い、グラグラした砂の上に立ち、
バランスがうまくとれずにいる、まさに渚に立つような人と出会ったときに、
私たちがどういう言葉をかけることができるのか、どう向き合えるのか、
というテーマに通ずるかもしれないと思ったので持ってきた。
とおっしゃっている。

大人の私でさえ漠然と生きづらい世の中だな、なんとなく息苦しいな
と感じている今の社会状況。
孫のチュッパは4月から小学1年生、学校という複雑な社会に一歩出ていく。
緩やかなしなやかな感性を持って、たくましく漕ぎ出していってほしいものだ、
と陽水さんの歌に乗っかってばあばは強く願っているのです。

 

海へ来なさい 井上陽水 1992 SPARKLING BLUE (日本武道館)

コメント (4)
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