年明けの1月7日に、世界の債券関係者を震撼させる出来事が起こりました。それは、ドイツの10年債の入札で、何と3分の1も売れ残ってしまったのです。当然、売れない国債は金利が上がり、それまでの2.95%から+0.34%の3.29%へと急騰しました。
急騰と書いたのは、そのドイツではつい2ヶ月前までは、0.31%の月間低下率を示していたからです。3ヶ月前の月間低下率は更に低く0.64%の金利低下でした。それが低下どころか、寝首を掻かれたような一気の上昇だったのです。
この傾向は、各国とも同じです。それまで金利が低下傾向だったものが、1ヶ月ほど前から、それ以前とは全く様変わりをしております。詳しくは
第一生命経済研究所の嶌峰義清氏のレポートをご参照下さい。
アメリカも、本日現在は10年債の利回りは2.889%ですが、この1ヶ月間で63bp(べーシス・ポイント=0.63%と同じ意味)も上昇しております。
日本も含めた主要国全てが同じ傾向です。
アメリカの1月あたりの金利上昇率、63bpということは、仮にこの傾向が1年続けば、7.56%の金利上昇という計算になりますが、債券の金利も株式と同じで、一直線には下落しません。そこには需給関係が大きく絡みますので当然上げ下げが入ります。しかし、現在のアメリカの3%弱という金利水準が5-6%へと上昇する胎動が見え始めたと言えます。
長期金利の5%水準というのは、直近では2003年から2004年あたりにマークしておりますので、まあ、アメリカにとってはごく普通のレベルの金利と言えます。
問題は、本来は{長期金利=GDPの成長率期待+物価上昇期待}という公式で、長期金利は中立的な水準に収束する事との関連です。
昨年10-12月期のアメリカの前期比の年率での実質GDPは-3.8%でした。それに対して消費者物価指数は、食糧とエネルギーを除いて+2%でした。
サブプライム問題が発覚する以前の数字をみてみましょう。2007年7-9月期のアメリカのGDPは、前期比の年率換算で+4.8%でした。消費者物価指数は+2.4%です。この時期のアメリカの10年債利回りは5%でした。
この2つの時期での中立的な金利水準を計算してみます。( )内は実績
1.2008年9-12月期:-3.8%+2%=-1.8%(2%)
2.2007年7-9月期 :4.8%+2.4%=7.2%(5%)
2007年の5%という長期金利水準については、当時のグリーンスパンFRB議長に、何故上がらないのか分からないと言わしめたものでした。しかし、その差の2%分は借り手がその分だけ、銀行に預金を置いておくよりお金を借りてでも何かに投資すれば有利になりますので、いわゆるバブル、特に住宅バブルが生成されていた事実と符合します。
問題は現在です。各国とも物価上昇率はほとんどゼロ%に近づいております。そしてGDPもマイナスへと落ち込み、日本の昨年第4四半期の実質GDPは年率11.7%もの落ち込みが市場では予想されております。
となると、中立的な金利水準は、マイナスとなることは出来ないものの、限りなく低くならなければなりません。事実、昨年秋の株式市場の暴落時には2%程度まで下落しておりました。
それがこの1ヶ月では、年率で現在の水準の3%から7.5%にも倍以上に押し上げる長期金利の上昇です。
ロイターによると、アメリカの既発国債は6兆ドル(約半分が海外所有)ですが、今年だけの公式発表分は2兆ドルの追加発行が予定されております。更に、別のソースによると、今後2年間で最大9兆ドルもの国債の発行が見込まれているとの予測もあります。この膨れあがる国債に対する金利上昇は、国債利払いの増加を意味します。
この1ヶ月で何故、本来は下がるべき長期金利が逆の大幅な上昇を見せているのは、明らかに、
1.国債市場で各国国債が売られている。
2.国債金利が更に上がることを市場は予見している。
この2つしか考えられません。実は日本が持つアメリカ国債の総額は減ってきております。日本政府保有分は売却しているとは思えませんので、これは主に金融機関保有分が売られているようです。これにより現在は中国が最大の米債保有国となっております。(米財務省の統計によると、2008年11月現在で、中国が6819億ドル。日本が5771億ドルの保有高)
これは、いわゆる債券バブルの崩壊の序章ではないでしょうか。ちょうど、昨秋のリーマン破綻以降の株式市場のような急落が待ち受けているのかも知れません。
これまでは、安全資産としての国債へと余剰資金が回っておりました。ところが、その安全資産の国債価格の下落(金利上昇)が誰の目にも明らかになると、買うとしても短期の国債に需要がシフトします。故に、米国債も30年債という長期債から値段の下落が激しくなっております。
ちなみに、10年もの国債の金利が現在の3%から、この1ヶ月間の63bpの下落が続くと仮定して、年率7.56%にまで上昇するなら、どの程度価格が下落するのか試算すると、
国債価格=【(1+額面に対する表面利率X残存期間)X100】÷【(1+長期金利の期待値X残存期間)】となりますので、100の現在価値を持つ国債は、
【(1+3%X10年)X100】÷【(1+(3%+7.56%)X10年】=130÷2.056=63となり、約37%の下落となります。
100万円を投じて長期国債を買っても、今の趨勢での金利上昇があれば、たったの1年で37万円も損をしてしまうのです。金融機関や政府機関のように、兆円単位で国債に投資するところは、1兆円あたり3700億円もの損失になる国債を、長期塩漬けしたいと考えるところはいないでしょう。
そうは言っても、国債も株と同じで日々値段が変動しております。
日本の10年もの国債の先物価格も、昨年10月21日の135.46円から昨年9月と11月、そして12月に140円という高値を付けました。為替と同じでこの5円近い価格差は債券投資家にとっては非常に大きいものです。従って、短期での利ザヤを稼ぐための市場というのは存在し、それなりに現物の長期国債も売買が成立しているのが現状です。
しかし、長期金利が上昇するのを見込んでいる投資家は、まさか損するのを覚悟して10年債を満期まで持つことはないでしょう。ましてや、過去に仕込んだ国債は先行き大幅下落が想定されるなら、一刻も早く売り抜けようとする心理が働く筈です。
彼らも1-2ヶ月の短期では相場を判断することはないと思いますので、今すぐに国債市場で昨秋の株と同じような崩壊が起こるとは言えませんが、この金利上昇傾向が続けば、ある時、昨秋の株価と同様に、臨界点を越えての大幅下落が始まる可能性は想定しておいた方が良いかも知れません。
巷間言われているように、世界の国債、とりわけ米国債は「ババ抜きゲーム」に入りつつあります。昨年9月初めまでは1万2千円~3千円程度を保っていた時の日経平均と同じです。
一旦、国債市場が暴れ出すと、我先にと売りが売りを呼ぶ展開となり、一気に長期金利が暴騰します。そうなると、借金を抱えている個人・法人の破産が急増し、景気の更なる悪化は目に見えております。これがデフレスパイラルよりも更に怖いスタグフレーションの世界ですね。
先に書いた、{長期金利=GDPの成長率期待+物価上昇期待}を思い出して下さい。この公式が成立するには、GDPがマイナスなら物価が上昇する以外にはありません。その先行指標が長期金利なのです。
こうならないことを祈りますが、世界各国がやむを得ず行う巨額の財政出動を支える資金が、買い手のいなくなりつつある国債発行しかありえない現状を考える時、最近、チラホラと聞かれるようになった、出口戦略(投じた公的資金の回収のための戦略のこと)も、こうした危惧が益々強まっている反証ではないかとも思うのです。
買い手のいない国債と書きましたが、日本での政府紙幣構想もその一環の議論から出てきました。現在禁じられている直接的な日銀の国債引き受けを回避するための方策の1つですが、論理的な帰結としては白川総裁も言っているように、日銀による国債引受と同じことになり、いわゆる「通貨の信認」が損なわれる事態を招きます。(FRBは既に米国債の引き受けも宣言しております。)
これが、金のETFが何と驚くべきことに1日で40.37トンも増加(この1ヶ月では147.49トンの増加)していることの背景にあることですね。
最後に、FRBの米国債引き受けは、国債金利の上昇を防ぐためと言っておりますが、これはアメリカのいわば最後の賭けでしょう。果たして、このFRBによる米国債買いで金利上昇が食い止められるのかどうかを検討します。
米国債の発行残高6兆ドル+今年の発行高の確定分の2兆ドル、計8兆ドルの金利が仮に7%になったとしますと、年5600億ドルの利払いです。(借り換え債分を含めて概略です。)
この金利を払えるお金が将来にわたってアメリカという国に一体全体あるのかどうかが、百歩譲って、FRBがとりあえず国債を引き受けて金利が下がるための条件と考えます。
ここにその判断を示すもう1つのデータがあります。それは貿易収支と対米証券投資のデータです。
直近の昨年12月の貿易収支の赤字は減ってきているとは言えまだ399億ドルあります。そして、これが大問題ですが、対米証券投資も最新の11月は2ヶ月連続で赤字転換となり、この11月の赤字分が217億ドルに達しております。
これまでは、対米証券投資が数百ドルの黒字を計上してきており、いわば貿易赤字分と相殺されてきました。ところが現状は、既に外国からの資金流入(社債、株、債券、GSEの住宅証券の買いの合計)はなくなっているのです。
それでも、アメリカという国が人口が増え、GDPが堅調に伸び、従って国が行使する徴税権で税収も増えるなら、それで国債の元利払いも行えると世界は判断できます。
ところが、経済が好調な時でも大幅な財政赤字と貿易赤字を計上し続け、それを外国からの投資資金でかろうじて賄ってきました。その資金が途絶え、GDPはマイナスになり、更に借金が未曾有な額にまで膨らもうとしている、その国に一体国債の元利が支払えるのでしょうか?
FRBの国債引受は、いわば、蛸が自らの足を食い散らかし一時的に命を長らえるのに似た行為のように思えてなりません。今現在の資金不足は、恐らく、対米資産の本国への環流(リパトリエーション)で賄っているのでしょう。このため、円以外に対してはドル高が継続しております。そして、何時の日かこれが途絶えた時、対外債務の返還請求と国債大増発による更なる(返すあてのない)対外負債の増加から、ドル安(円高もか?或いは一緒に円安か?)に転じると共に、アメリカにとってはドル安による輸入品の価格高騰と長期金利の上昇、そして不況の恐慌化というトリプルパンチに見舞われる可能性が見えております。
これが、オバマ大統領が言う、このままでは国家が崩壊するということの真の意味なのです。