
アメリカ映画界の巨匠、トランボの活躍の映画です。
映画の出来としては、イマイチですが、見る価値大、興奮して鑑賞しました。
トランボと言う名は私には珍しいですが、1905年生まれのアメリカ人だそうです。
第二次世界大戦後、世界は東西対立・冷戦を迎え、アメリカでは、マッカーシズム(赤狩り)の嵐が吹き荒れます。
日本でも、レッドパージの嵐が吹き荒れ、多くの人が公職を追放され、松川事件・三鷹事件など権力のフレームアップで
共産党・労働組合が大弾圧を受けました。
チャップリンも1952年、事実上の国外追放命令を受けました。
民主主義を標榜するアメリカですが、共産党員と言うだけで大弾圧を受け、多くの人が公職を追放されました。
アメリカで最初の標的とされたのはハリウッド映画界の著名な10人の映画人(ハリウッド・テン)でした。
トランボは共産党党員でした。1947年下院非米活動委員会による第1回聴聞会に呼び出されました。
証言を拒んだトランボは、議会侮辱罪で逮捕され、禁固刑の実刑判決を受け、投獄されました。
ジョン・ウェインらの「アメリカの理想を守る映画連盟」は、次々と映画人を告発していきます。
元共産党員だったエリア・カザンは司法取引をして、11人の劇作家・演出家・映画監督・俳優らの名前をあげました。
そのお陰で彼は以後も映画界で活躍でき、1998年には彼はアカデミー賞「名誉賞」を与えられました。
しかし、その表彰式では、彼の上記の行動のため一部の映画人から大ブーイングを浴びられ、反対のデモも行われました。
メリル・ストリープさんは、トランプを批判しましたが、この時は起立して拍手したそうです。{以上、この稿、Wikipedia参考しました。}
さて、映画に戻ります。

出獄後、トランボはメキシコに逃れ、生活のため、偽名で次々と脚本を創作します。
一番のヒットは、「
ローマの休日」でした。「
黒い牡牛(英語版)」でアカデミー賞原案賞を受賞します。
ハリウッド追放から13年後、カーク・ダグラス主演の
「スパルタカス」、「栄光への脱出」、「パピヨン」などを本名で発表しました。
特筆すべきは、トランボ65歳、1971年、彼はベトナム戦争最中に衝撃的映画『
ジョニーは戦場へ行った』を脚本・監督します。
私は、この映画を知りませんでしたが、昨年8/16終戦記念日の翌日、NHKプレミアムで放送されました。
私は、テレビでこのモノクロの映画を見て、大衝撃を受けました。
第一次世界大戦に出征したジョーは、目(視覚)、鼻(嗅覚)、口(言葉)、耳(聴覚)を失い、壊疽した両脚も切断されます。
彼に残されたのは、皮膚感覚と意識そしてわずかに動かせる首と頭だけでした。
彼はそれらを駆使して必死に生き、訴えようとします。
医師や軍関係者らは、彼には意識はなく、もはや人ではない生物として横たわっているだけだと思うものの、
「人間の不思議さ」を調べる格好の臨床試験・実験対象と思い、彼に鎮静剤と人工栄養を注射し、生かし続け、観察します。
彼は、小さい頃遊んだSOSのモールス信号を思い出し、必死に頭を動かして発信し続けます。
ある日、看護婦がそれを感知し、医師に伝えます。
「何が望みか」との問いに、彼は、「自分を公衆の前に出し、見物料金を医療費に充ててくれ」と答えます。
「出来ない」との返事に、「では、殺してくれ」、「では、殺してくれ」……と訴え続けるところで映画は終わります。
それは、ナチスの生体実験、そして最近のトランプのヘイトと極端なナショナリズムを私に惹起させ、私は恐怖に襲われました。

アメリカ社会は不思議なもので、「プライベート・ライアン」、「グッドモーニング、ベトナム」、「ディア・ハンター」、「プラトーン」など
多くの反戦映画を制作してきました。
中でも『ジョニー…』は、最も地味で、商業ベースに全く乗らない映画と思うのですが、「衝撃」、「すごい」としか言いようがない
このような映画を作ってしまう底力・不可思議さも持っていると私は思うのです。
さて、現在、イギリスのユーロ離脱を初めにヨーロッパの移民排撃と右翼と偏狭なナショナリズムの台頭、そして
アメリカ・トランプのレイシズムが跋扈し始めた時代に、「トランボ」はある種の警鐘を投げかけているのでしょうか?
ちょっと思い入れが強すぎたかな…。 【1月9日鑑賞】