
ウシュアイアの町

世界の果ての郵便局(左)



2月18日 月 カラファテからウシュアイアのホテルに着いて少し時間があったので、ホテルの近くを歩きました。















2月19日 火
朝8:30、ホテルを出て、テイエラ・デル・フエゴ国立公園に向かいました。今日も雨です。『世界の果て駅』
この先は、囚人たちの監獄があり、彼らは木材を伐採し(主に薪)、この鉄道で運んだそうです。今は、観光列車です。







夏なのにストーブです。








彼らは、荷物運びを手伝って、有料の写真を撮り、売ります。






往復約2時間です。途中いくつかの駅で降りて写真撮影タイム
世界の果ての郵便局






真ん中の男性職員が突然、「日本人は帰れ!」と激怒、理由は不明。 公園内にトイレはないと言われましたがありました。


彼のおかげで、これ以降の人はここから手紙を出すことが出来ませんでした。
ビーグル海峡、向かいはチリ、右はアルゼンチンです。


国道3号線、この道路はアメリカ大陸の北端アラスカまで連なるそうです。








レストランでランチ、いろんな肉(ビーフ、チキンなど)が無造作に積まれ、表面がカリカリの部位は美味でした。




レストランにミニ博物館がありました。


バスで、ウシュアイアの町に戻りました。 ミニ飛行場


ここは、高台になっていて市内が見えます。








アルゼンチンは、ラグビーの強国でもあります。 アルゼンチン海軍でしょうか。


冒頭の地図にある「フォークランド」の領有をめぐって1982年アルゼンチンとイギリスの間で戦争が起きました。
どうみたって、イギリスがこの地を占領するのはおかしいです。地中海のジブラルタルもイギリスが領有しています。
アメリカ、イギリス、フランスは今なお、帝国主義時代のように、世界の交通の要衝を軍事的に占有しています。
どう考えても、許されないおかしなことだと私は思います。
ピースボートも見えました。 地球の果て博物館






博物館の壁


パタゴニアの先住民・ヤマノ族も絶滅したと言われます。彼らも文字を持たなかったので彼らの実際の生活・文化、
そして絶滅の理由などは依然謎です。展示の説明では、やはりヨーロッパ人が持ち込んだ病・感染症、食文化、
自然災害が挙げられていました。胸が痛みます。
監獄博物館








看板の右に、ピースボートがありました。時間が余りありませんでした。文房具屋に立ち寄り孫たちの文房具の
安いお土産を買いました。夕方5時が集合時間でした。バスで船に戻り、合流しました。
夕食は、船で食べたと思うのですが、写真もメモも記憶もありません。
船からウシュアイアを


『ペリト・モレノ氷河とパタゴニアの大自然6日間』ツアーは、この日で終わり、明日からは休みなしで、『ウユニ塩湖と
ラパス&チリの首都サンティアゴ7日間』の長いオーバーランドツアーの強行スケジュールです。 【終わり】