グリーンカードの更新に行ってきた。
十年一昔……。
初めてこのカードを手にしたのは、渡米わずか4日前の大使館が閉まる5分前。本当にギリギリのギリギリまでどうなるかわからない緊張に満ち満ちた手続きだった。
そのトラウマからか、グリーンカードという言葉が頭の中に響くたび、なにかまた面倒なことが起こるのではないかという猜疑心がムクムクとわいてくる。
今回の手続きは、日本に旅行に行く前から始まっていた。
途中一回、書面に書いてある言葉を読み間違えて、払い足りなかった費用を再請求されたりしたが、とりあえずそれは手間と時間がかかっただけで無事に済み、最終の指紋取りと人物チェックのために、最寄りの移民局に出向いていく日程を知らせる手紙が届き、まずは一安心、という状態で旅行に出かけた。
アメリカに再入国する際に、期限切れ寸前のグリーンカードが問題になりはしないかと、旦那がブツブツ言い出した。
心配するのはわたしの専売特許だけど、こういう部類のことに関しては、わたしは全く心配しない。
だって、期限切れ寸前は寸前だけど、帰国する時に切れているわけではないのだ。
ちゃ~んとまだあと数日残っていて、わたしは堂々と「法に則って認められている永住者です!」と言い切ることができる権利を持っている。
それを、切れかけてるのを見つけて、意地悪いことをあ~だこ~だと言ってくる係員がいるかもしれない、などと妄想するのは時間の無駄ではないか。
実際、帰国時の検問はスルスルと済み、日本から持ち込んだ鋭利な二丁の鎌も没収されることなく、家の地下室の庭仕事セットの中で眠っている。
手続きは、会社を欠勤した息子Tとふたりで一緒に行った。
本当は息子Kも同じ期限だったのだけど、彼は2年前、ゲームトーナメントでラスベガスに行った時、眠っている間に財布を抜き取られ、カードの盗難による再更新を済ませたので除外。
移民局に入るに際しては、カメラと携帯電話の持ち込みは禁止される。
入り口にはごつい警官と受付の女性が居て、そのカウンターに至り着くまでに、ぐねぐねと蛇行するようにロープが張られた通路を歩く。
誰が並んでいるわけでもないので面倒になって、ヒョイとそのロープをくぐり抜けてズルをしようものなら「ア、ア、アァ~」と人差し指を立てた警官に注意される。
なかなかに面倒な場所なのである。
ともあれ、とにかくここに、指示された通りの時間に無事やって来られたことに感謝しながら、大勢の移民の人達と一緒に椅子に座って待っていた。
本当に様々なお国言葉が飛び交う中、わたし達が日本語で話すと決まって、スッと静かになる。
え?っという響きが色濃く溶けた空気のカタマリがあちこちに浮かぶ。
日本語ってそんなにおもしろいのかな?
調子に乗って、ちょっといたずらしてみる。
しばらく黙って、いきなり短い言葉を放つ。一瞬の静けさを楽しみ、またしばらく様子を見てまた放つ……。
ああ楽しい。
大勢居たのに、ただの更新でやって来た人が少なかったのか、スルスルと手続きは進んだ。
前は真っ黒なインクをベタベタ塗られ、何度もやり直しをさせられた指紋の採取も、今回はコンピューターで楽々、インクフリーで快適だった。
でも……Tがポツリと言った。
「もうボクら、絶対に悪いことはできんな……」
確かに。我々の指紋は思いっきり某当局に記録されているのだから。静かなる抑止力。
パソコンの画面に出ている登録内容の正誤を確かめ、「はい、これでいいです」と答えると、「じゃあ終わり。良い一日を!」と明るく言われる。
へ?
なんじゃこりゃ?と思うほどに、なんということもなく終わってしまった。
これであともう10年、とりあえずこの国の法に守ってもらいながら暮らせるわけだ。もちろん、実際のところは自分で稼がにゃ~暮らせんのだけど。
帰りの車の中でふと思った。
いつか市民権を取ろうと思っていたけれど、こんなふうに簡単に更新できるなら、日本が複数国の国籍を認めるまで、グリーンカードのままでもいいかしらん。
けど、いったいあと何回更新するのかなあ……。
指を折って数えてみた。わたしの希望的計算では、少なくともあと4回はある。
「なあT、今市民権取るのと、グリーンカードを更新していくのと、どっちが賢いと思う?」
「ああ、かあさん、市民権取るの考えてたもんな」
「うん。けど、試験受けるのめんどくさいし、カードの更新がこんな簡単やったら、そっちでもええかと思て」
「そやな」
「けどさ、市民権取ったらもう更新せんでもええけど、グリーンカードはなんべんも更新せなあかんし」
「なんべんもって……もうあと2回ぐらいちゃうん?」
「は?あと2回ぐらいって……そんな早よ殺すなっちゅうねんっ!」
ポカポカと母のゲンコツを食らう息子T。
「イテテテ!ほな、いったい後何回更新するつもりなん」
ゲンコツを食らいながらも聞いてくるT。
「よう聞いときや!あと少なくとも4回。わかったか!」
「そ、そ、そんな……無理せんでも……」
さらにゲンコツは続きました、とさ。
十年一昔……。
初めてこのカードを手にしたのは、渡米わずか4日前の大使館が閉まる5分前。本当にギリギリのギリギリまでどうなるかわからない緊張に満ち満ちた手続きだった。
そのトラウマからか、グリーンカードという言葉が頭の中に響くたび、なにかまた面倒なことが起こるのではないかという猜疑心がムクムクとわいてくる。
今回の手続きは、日本に旅行に行く前から始まっていた。
途中一回、書面に書いてある言葉を読み間違えて、払い足りなかった費用を再請求されたりしたが、とりあえずそれは手間と時間がかかっただけで無事に済み、最終の指紋取りと人物チェックのために、最寄りの移民局に出向いていく日程を知らせる手紙が届き、まずは一安心、という状態で旅行に出かけた。
アメリカに再入国する際に、期限切れ寸前のグリーンカードが問題になりはしないかと、旦那がブツブツ言い出した。
心配するのはわたしの専売特許だけど、こういう部類のことに関しては、わたしは全く心配しない。
だって、期限切れ寸前は寸前だけど、帰国する時に切れているわけではないのだ。
ちゃ~んとまだあと数日残っていて、わたしは堂々と「法に則って認められている永住者です!」と言い切ることができる権利を持っている。
それを、切れかけてるのを見つけて、意地悪いことをあ~だこ~だと言ってくる係員がいるかもしれない、などと妄想するのは時間の無駄ではないか。
実際、帰国時の検問はスルスルと済み、日本から持ち込んだ鋭利な二丁の鎌も没収されることなく、家の地下室の庭仕事セットの中で眠っている。
手続きは、会社を欠勤した息子Tとふたりで一緒に行った。
本当は息子Kも同じ期限だったのだけど、彼は2年前、ゲームトーナメントでラスベガスに行った時、眠っている間に財布を抜き取られ、カードの盗難による再更新を済ませたので除外。
移民局に入るに際しては、カメラと携帯電話の持ち込みは禁止される。
入り口にはごつい警官と受付の女性が居て、そのカウンターに至り着くまでに、ぐねぐねと蛇行するようにロープが張られた通路を歩く。
誰が並んでいるわけでもないので面倒になって、ヒョイとそのロープをくぐり抜けてズルをしようものなら「ア、ア、アァ~」と人差し指を立てた警官に注意される。
なかなかに面倒な場所なのである。
ともあれ、とにかくここに、指示された通りの時間に無事やって来られたことに感謝しながら、大勢の移民の人達と一緒に椅子に座って待っていた。
本当に様々なお国言葉が飛び交う中、わたし達が日本語で話すと決まって、スッと静かになる。
え?っという響きが色濃く溶けた空気のカタマリがあちこちに浮かぶ。
日本語ってそんなにおもしろいのかな?
調子に乗って、ちょっといたずらしてみる。
しばらく黙って、いきなり短い言葉を放つ。一瞬の静けさを楽しみ、またしばらく様子を見てまた放つ……。
ああ楽しい。
大勢居たのに、ただの更新でやって来た人が少なかったのか、スルスルと手続きは進んだ。
前は真っ黒なインクをベタベタ塗られ、何度もやり直しをさせられた指紋の採取も、今回はコンピューターで楽々、インクフリーで快適だった。
でも……Tがポツリと言った。
「もうボクら、絶対に悪いことはできんな……」
確かに。我々の指紋は思いっきり某当局に記録されているのだから。静かなる抑止力。
パソコンの画面に出ている登録内容の正誤を確かめ、「はい、これでいいです」と答えると、「じゃあ終わり。良い一日を!」と明るく言われる。
へ?
なんじゃこりゃ?と思うほどに、なんということもなく終わってしまった。
これであともう10年、とりあえずこの国の法に守ってもらいながら暮らせるわけだ。もちろん、実際のところは自分で稼がにゃ~暮らせんのだけど。
帰りの車の中でふと思った。
いつか市民権を取ろうと思っていたけれど、こんなふうに簡単に更新できるなら、日本が複数国の国籍を認めるまで、グリーンカードのままでもいいかしらん。
けど、いったいあと何回更新するのかなあ……。
指を折って数えてみた。わたしの希望的計算では、少なくともあと4回はある。
「なあT、今市民権取るのと、グリーンカードを更新していくのと、どっちが賢いと思う?」
「ああ、かあさん、市民権取るの考えてたもんな」
「うん。けど、試験受けるのめんどくさいし、カードの更新がこんな簡単やったら、そっちでもええかと思て」
「そやな」
「けどさ、市民権取ったらもう更新せんでもええけど、グリーンカードはなんべんも更新せなあかんし」
「なんべんもって……もうあと2回ぐらいちゃうん?」
「は?あと2回ぐらいって……そんな早よ殺すなっちゅうねんっ!」
ポカポカと母のゲンコツを食らう息子T。
「イテテテ!ほな、いったい後何回更新するつもりなん」
ゲンコツを食らいながらも聞いてくるT。
「よう聞いときや!あと少なくとも4回。わかったか!」
「そ、そ、そんな……無理せんでも……」
さらにゲンコツは続きました、とさ。