ウィンザー通信

アメリカ東海岸の小さな町で、米国人鍼灸師の夫&空ちゃん海ちゃんと暮らすピアノ弾き&教師の、日々の思いをつづります。

桜鯛

2010年06月08日 | 米国○○事情
落語のお話です。

殿様がひと箸つけて、
「これ、鯛の代わりを持てい」と言って、鯛の表を一口だけ食べて、お代わりを持ってこさせようとするのですが、なにしろ高価なものなので家来が一工夫。
「殿様、外の桜がきれいですね」と言って、殿様が外の桜を見る隙にさっと鯛を裏返します。
で、「代わりをお持ちしました」ととぼけるわけ。
これならば表の殿様が鯛を食べた跡はわからず、お代わりを差し出されたのかなと思うでしょうから。
ところがお殿様一枚も二枚も上手。家来の細工なぞ何のその。また一口を食べ、
「代わりを持てい」
で、家来がほとほと困ってまごまごしていると、
「どうじゃ? また庭の桜を見ようか?」

という、粋で可笑しい、殿様と鯛のお話。

昨日はうちの三人の殿様のひとり、Tの、正社員第一日目であった。
どうしても尾頭付きの鯛でお祝いをしたかった。
鯛といっても、こちらで買えるのは、鯛の一種の『レッド・スナッパー』という魚。まあ、味は限りなく鯛だし、我が家ではとても評判がいい。



買い物に行く途中で、Tの携帯にメッセージを残した。
「正社員第一日目おめでとう。今夜はあんたの好きなものと鯛でお祝いしたいと思てます。楽しみに帰っておいで」

家に戻り、急いでお米を研ぎ、魚の皮に粗塩を擦り付け、オーブンの最下段にあるブロイル(直火焼きのためのオーブン)をきれいに掃除した。
胡麻和えやらなにやら、あれこれ用意しながら、さて、あと十分ほどで出来上がりだという頃に、Tから電話がかかってきた。
「おかあさん、今どうなってる?」
「どうなってるって?」
「魚」
「焼いてるけど……あんた、今どこにいんの?」
「え、あ、えっと、まだ会社」
「え?まだ会社なん?」
「うん。ついさっきメッセージ聞いたとこ」
「そっか……」
「魚焼いてしもたんやったら帰ろかな。けど、今から帰っても9時頃になってしまうし……」
「残業?」
「うん。今日は朝からオリエンテーションあったから」
「しゃあないやん、それやったら」
「うん」
「まあ、今のあんたには仕事が最優先やから」
「うん」
「悪いけど、あんた抜きで、みなで先にお祝いしとくわ」
「うん」
「頑張らなあかんやろけど、最初っから頑張り過ぎたらあかんで。続かへんから」
「うん。鯛、明日食べるわ」
「わかった。あんたの分残しといたるし」

ということで、残念ながら、当の本人抜きのお祝いになってしまった。

「いや、これ、うまいやん!」
と、焼きたて熱々の身を、ふうふうしながらパクつく殿様その1とその3。
「なんでお頭付きがめでたいん?」と、またまた疑問がムクムクと沸き上がる旦那。
「知らん。昔っからそういうことになってた」と、完全無視して食べ続けるK。

「あ、あかんで!裏っかわの身に箸つけたら!そんなんしたら、ひっくり返した時にばばちい!」と、必死で諌める旦那。
ふふん、ようわかってるやん。さすが、10年日本で居ただけあるやん。

昨日の魚はとても大きかったので、半身を3人で充分だった。
あ~うまかったと、きれいに平らげた後、3人のお箸を駆使して、エイやっとばかりに身を裏返した。
おぉ~!!まるで焼きたてそのもの。新しい鯛のお目見えだ。

今夜は殿様その2、Tのお祝い。


P.S.
どうして尾頭付きの鯛がめでたいとされているか。
旦那の疑問に答えるべく、ちょいと調べてまいりました。

『鯛のピンと張った頭から尾をつけている状態は、何事も最初から最後まで完全な状態。つまり、全て揃っている、という縁起を担いでいる』
と書かれてありました。

ふ~ん……と、納得したような納得してないような……。


コメント (2)
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米国『A Mad Woman』事情

2010年06月08日 | 米国○○事情
昨日、息子Tの、正社員第一日目を祝おうと、尾頭付きの鯛を買い求めにあちこち回った時のこと。
いつも、たいていは新鮮な魚を保証してくれる店に行ってみた。
WHOLE FOODS というその店は、野菜も果物も新鮮で、いわゆる安全なルートを辿って店に並べられている。
有機を前面に出して売り出した草分けの店とも言える。
最初の頃の買い物客は金持ちがほとんど。それぐらい品数が少なく高価な物ばかり売っていた。
今はそれほど顕著な差は無くなったけれど、それでもやはり値段は高め。
普通のスーパーで買い物をするような気分で調子に乗っていると、あっという間に1万円をこえてしまう。
わたし達はだから、ある一定の、どうしてもそこでしか手に入らない、けれども値段からするとそれほどバカ高くはない物や、少々割高だけど、そこでしか手に入らない嗜好品を買ったり、たまに新鮮な野菜が切れて、いつも行っているとても安くて新鮮なイタリアンかコリアンの店(どちらもここから20分はかかる)に行く時間が無い時に、ちょい買いをしに行く。

さて、仕事帰りの道にあるWHOLE FOODSに行った。
その店はもともと少し小さくて、需要と供給の関係からいうと、少しバランスが悪い。
特に駐車場を確保できなかったのか、店の真ん前と裏手に分けて造られた駐車場は、いささか使い勝手が悪い。
ごく稀に、裏の駐車場の隅に、大量の品を店に搬入するためのものすごく大きなトレーラーが停まっていて、その二カ所の駐車場をつなぐ狭い通路をさらに狭くしてしまうことがある。
昨日はその、ごく稀な日だった。
店の前の駐車場に行くのは無理と判断して、裏手側の駐車場に車を停め、店まで歩き始めた。
丁度、その狭まった所に車が一台止まっていて、その車の前にひとり、店のロゴが入ったエプロンをつけた若い女の子が立っていた。

わたしがもし、いつでもビデオカメラを持ち歩いているような人間だったら、もう絶対、どんなことをしてでもその光景を録っていただろうと思う。
カメラの録画機能でもいい、いや、最悪、録音だけでもいい。
それはもう、異常な世界だった。どうしようもなく滑稽で、腹立たしいほどに可笑しくて、あまりの異様さに哀しみさえ覚えた。
運転席に座った女性は、どう見てもわたしと同年代。ショートカットのピアスをぶら下げた頭が、怒りの叫び声とともにガクンガクンと振れている。
声はもう、常道を逸していて、興奮のあまり人間であることを忘れたような、とても奇妙な響きがした。
両手はぶんぶん振り回され、時には横に立っている女の子をぶつかのように、窓から飛び出してきた。女の子は謝りながらも、そのたびに一応後ずさる。
丁度同じ時に、その狂った女性と気の毒な女の子の側を通り過ぎることになった、背の高い男性とわたしは、顔を見合わせながら同時にこう言った。
「ジーザス……」

「わたしは正しい!このトレーラーの運転手は間違っている!責任者はどこ?!わたしは正しい!わたしは正しい!わたしは正しい!」

今も目を閉じるとはっきり思い出せるあの光景。

この世で生きていると、時折、どう考えても自分が正しいのだけれど、それがどうかしたか?とばかりに、完全に筋が通らないことがある。
カチンとくる。腹が立つ。けれども、まあ、こんなこともあるさと、とりあえず自分をなだめ、別の手段を考えて、その場を切り抜ける。
彼女はあの時、5メートルほど車をバックさせて、元いた駐車場に戻り、その店前の駐車場の出口から出て、本来行きたかった道に行けばよかった。
それが全くできないまま、体中の血が真っ黒に濁るほど怒りを爆発させて、少なくとも10分は女の子に罵声を浴びせた。
あの女の子はきっと、あれから一日中、とてもイヤな記憶を心の中に突き刺したまま過ごさなければならなかっただろう。
自分の思い通りにならないからって、たとえそれが、本当は彼女が正しかったとしても、あそこまで人を詰ったらいけない。

さて、肝心の鯛の尾頭付きのこと。
結局はその店で、お頭付きの鯛は買えなかった。そもそもその店の魚売り場で、お頭が付いた魚なんて見たことが無かったのを、売り場の前に行って思い出した。
う~ん、どうしよう……。
仕方が無いので、新しくない魚を売っているので有名な、近くのチャイニーズマーケットに行った。
昨日に限って、めちゃくちゃでかいのしか売ってなくて、その中で一番小さめのを買った。
それでも値段を聞くと17ドルもして、買おうかどうしようか、かなり迷ったけれど、ええ~い息子の一生に一度の祝いじゃ!と観念して買うことにした。
処理をお願いすると、もう少しのところで頭をブツンと切り落とされそうになった。
「だめだめ、頭をちゃんと残しておいて!」
そう何度頼んでも、大きな包丁を頭と胴体の間目がけて振り落とそうとする。
「頭を切り取らないで!頭が大事なんだから!」と、こちらも大声で怒鳴る。
その処理係のお兄ちゃん、しまいにゃわたしの顔をしげしげと見て、あんた、狂ってるんじゃないか?みたいな表情を返した。
きっとわたしは、彼から見ると、ちょっと頭のおかしいおばちゃんに見えたんだろう……。

人はいつだって簡単に、クレイジーになれるのね。
コメント (2)
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