ウィンザー通信

アメリカ東海岸の小さな町で、米国人鍼灸師の夫&空ちゃん海ちゃんと暮らすピアノ弾き&教師の、日々の思いをつづります。

米国ここで生きてまんねん!事情

2010年08月03日 | 米国○○事情
このアメリカという国には住民票というものが存在しない。

ここで生まれた赤ん坊は、生まれたその日から、SSN (ソーシャル・セキュリティ・ナンバー)という番号をもらい、それを一生お守りのように持ち続ける。
息子やわたしのように、人生の途中から入って来た者も、SSNのオフィスに行き、パスポートやグリーンカードを見せて書類に必要事項を書き込めば、ホイよっとばかりに、とても簡単に番号が記載されたカード(これがまた普通の厚紙の、ポケットに入れたまま洗濯しちゃうとバラバラになりそうなブツ)をくれる。
でもこれが、ここアメリカでの暮らしのすべてに関わりを持つので、めちゃくちゃ大切な、そしてただひとつの、わたしを証明してくれる番号なのである。

さて、大人として生活が始まると、銀行の口座を作ったり、車の免許証を取得したりしなければならない。
その時に、住民票という物が無いこの国で、自分が住んでいる住所をどうやって証明するか?
答は、その家、あるいは部屋宛てに送られてきた水道やガスや電気の使用料金の請求書を持って行き、それを見せて納得してもらうという、なんだかいい加減に思えてならない方法がとられる。

去年、我が家は隣町(といっても車で5分強しか離れていない)のここに引っ越してきた。
けれども住民票が無いので、転出も転入も届ける必要も無く、ただただいろんな会社に「引っ越しましたよ~」と連絡をするのみ。
郵便局もそうで、一年経った今でも、前の住所に送られてきた郵便物をこちらに転送してくれたりする。


ここ最近、日本の長生きおじいさんやおばあさんが、本当はもうとっくに亡くなっていたり、行方不明になっていたり、酷いのは、亡くなったまま放置されていたり、なんだか信じられない家族が続々と表立って報道され始めている。
それで慌てて役所がきちんと所在確認を始めたら(今まではいったいどうしていたんだろうか?)、さらにもっと行方不明のお年寄りが出てきた。
知らないと言っている子供達や孫(といっても、孫でわたしと同年ぐらいなので、子供はわたしの親の世代)は、まったくいい年をした大人達なのだ。
なのに、何十年も前に出て行っただの、会っていないだの、連絡不通だの、家族としてのつながりが薄いどころかゼロで、各々の心が恐いくらいにバラバラ。
きっとこれは特殊な例なのだろうと思う。特殊だからこそ、どこかが狂っているからこそ、自分の親の所在や生死がわからないまま何十年も暮らしていけるのだ。
そう言うわたしの父方の伯母、そして母方の伯父も、今もってどこでどうしているのか、生きているのか死んでいるのかさっぱりわからないままだ。
その家族も、もう随分前から、行方を探すのをやめ、生きていてくれればいいけど、と思いながら自分達の暮らしを続けている。
そうなるにはそうなるだけの事情がある。だから責める気持ちなんて無い。
けれども、長生きを祝う気持ちやお金を受け取る際に、その当人が亡くなっている、あるいは亡くなっているに近いほどに行方がわからないままの家族は、そのことをきちんと伝えるべきだと思う。

わたしは本気で百才まで生きると決めているので、この長生きさん大量行方不明事件はとても心に引っかかっている。
旦那がわたしに付き合って長生きしてくれていたらいいが、もしわたしだけが残って、それでTとKが70才近くのじいさんになっていて、「そういやまうみ、ずっと見ないねえ」なんて誰かが聞いて、「ああ、母とは20年ぐらい前にミツワの食堂で蕎麦食べたんやけど、慌てて喉に蕎麦詰まらせて、えらい騒ぎやってねえ。そういやあれから会うてへんなあ」なんて答えられたりするような長生きはまっぴらごめんだ!

うちの場合、息子達が日本に移住するかもしれないし、また戻ってきても違う州に住むかもしれないし、いつまでもそこそこ近くに暮らしている、だなんてことは望めないだろう。
けれど、生きているのか死んでいるのかわからない、だなんてことを言われないように、うるさがられようが疎ましがられようが、「ここに居るで~生きてるで~」のサインをガンガン送り続けようと思う。

住民票がある国でさえあの有様なんだから、住民票の無いこの国では、ここで生きてまんねん!の主張はとても大事だ。
と、気持ちを新たにして長生きを誓おう
コメント (4)
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旅立ち

2010年08月03日 | 音楽とわたし
マサチューセッツ州のピアノ鍵盤修理スペシャリスト、マイク氏のもとに、ピアノの鍵盤を送るべく、梱包をしています。
ピアノの鍵盤からハンマー部分が外され、そこに溜まっている埃を吸い取っています。


こういう作業は素人にはできないので、調律師のアルバートにお願いをしました。
鍵盤からハンマー部分を取り外す際、ハンマーの並びがガタガタで整列していないことに驚くアルバート。
わたしもそのことについては前々から気になっていましたが、二回にわたって整備をしてもらったはずなので、見るのも虚しくてわざと無視していたのでした。
ちゃんと修復された鍵盤がうちに戻ってきてから、今度はハンマーの整備をアルバートにお願いをして、とりあえず様子を見てみることになりました。
まだまだ時間とお金がかかりそうです。

大きな箱です。これをこれから宅配会社の本店まで運んで送らなければなりません。


アルバートが「便利だからといって、近所の支店から送ると配送料を上積みされちゃうから、本店に行った方がいいよ。それと、保険はケチらずにちゃんとつけること。なにが起こるかわかんないんだから。鍵盤なんて最初っから作ることになったらえらいことだしね。だから40万円ほどの品物だと申告すること」と忠告してくれました。
そうだよね、アメリカだもんね。なにが起こってもおかしくない国だもんね。


今朝、朝の瞑想と体操をしに裏庭に出ていた旦那が、ぶどうをもいできてくれました。
ぶどうの初収穫です!


今年の異常な暑さと、毎日のお水まきが功を奏したのか、なかなかに甘くて美味しい味です。
ワイン、100ccぐらいだったらできるかな?うふふ

なんて……ピアノのことを考えると、こんなのんきなこと言ってる場合ではないのだけれど……

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