わ! かった陶芸 (明窓窯)

 作陶や技術的方法、疑問、質問など陶芸全般 
 特に電動轆轤技法、各種装飾方法、釉薬などについてお話します。

現代陶芸64(鈴木 藏)

2012-03-05 17:44:23 | 現代陶芸と工芸家達
桃山時代から継承されている志野焼の研究に励み、技を極めた現代志野の第1人者で、人間国宝に認定

された人に鈴木藏氏がいます。

1) 鈴木 藏(すずき おさむ): 1934年(昭和9年)~

 ① 経歴

  ) 岐阜県土岐市駄知町で、鈴木道夫氏を父に生まれます。

     尚、道夫氏は五代加藤幸兵衛、卓男親子が営む丸幸陶苑技術長として働き、釉薬に関しては、

     かなり功績があった人です。

  ) 1953年 県立多治見工業高校窯業科を卒業し、丸幸陶苑試験室に入社します。

     志野釉や土の研究に勤める父の仕事を手伝いながら、加藤幸兵衛の下で陶芸技術を磨きます。

     1959年 朝日新聞主催の第8回現代日本陶芸展に「志野丸皿」を初出品し佳作となります。

     同年 第6回日本伝統工芸展にも初出品し入選を果たします。
 
     1961年 第10回現代日本陶芸展で第一席を受賞します。

     以来、国内、国外の陶芸展で数多くの受賞を重ね、個展も各地で開催しています。

     1964年 築窯して独立します。 陶土や釉について基礎的な知識を身につけた後、

     荒川豊蔵氏や加藤土師萌氏などに師事しています。

  ) 1982年第19回日本陶磁協会金賞を受け、1987年には芸術選奨文部大臣賞を受賞。

     1992年 第一回藤原啓記念賞を受賞します。

     1994年 「志野」で重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定されます。

 ②  鈴木 藏氏の陶芸

   彼の作品の魅力は、量感に富み柔らかな釉による、緋色と白い志野釉が 鮮やかな対比した志野焼の

   茶碗等にあります。

  ) 藏氏は志野一筋に取り組み、一貫して「ガス窯」による志野の焼成に挑み続けています。

    従来志野は、「薪窯」や「窖窯(あながま)」でしか焼成できないと言われていました。

     藏氏は「ガス窯」にこだわり、50年余りもの間「ガス窯」に取り組んでいます。

  ) 窯は保温効果を持たせ、徐冷する為に、1m以上もある分厚い壁を、4種類の耐火煉瓦で

    築いています。「ブタンガス」を使い120時間(五日間)を掛けて焼成しているとの事で、

    ガスの量も一回に1.5t(トン)も使用しているそうです。(窯の容積は1立米との事)

     注:「ブタンガス」は「プロパンガス」よりも熱量(カロリー)が多いです。

  ) 「ガス窯」では、匣鉢(さや)は必要ではありませんが、作品に「照り」が出ない様に

    匣鉢に入れて焼成使しているそうです。

    釉と焼成の研究も熱心で、「テストピース」も1万点以上製作したそうです。

  ) 1984年から「志野」を「志埜」と箱書きする様になります。読み方は「しの」です。

    これは、従来の志野を脱し、より革新的志野を造り上げたと言う自負があるのかも知れません。

  ) 鈴木藏の作品は、展覧会では、大皿(50cm以上)、花器、茶碗、水指など茶道具や大物が

     代表作です。「志野茶碗 」「志埜大皿 」(1984、90、91年)「志埜花器 」(1998、80、95年)

     それ以外にも、「鼠志埜ぐい吞み」や「面取り湯呑み」「志野長方俎皿」(まないたさら)

     など、実用的な食器類も作っています。
 
 ③ 志野焼きについて

  ) 志野は白く柔らかな釉が厚く掛かり、柚子(ゆず)肌のように一面に小さな穴が開いている

     のが特徴です。土は「百草(もぐさ)土」を使います。

     注: 「もぐさ」とは、お灸の際に火種として使われる、綿状な物です。

        「もぐさ」の様に「ぱさぱさ感」のある土です。

  ) 志野釉は、「もぐさ土」に風化した長石を混ぜた物で、還元焼成で長時間焼成し、

     徐冷すると、緋色が出ると言われています。

     当然長石の種類によって、釉の調子が変化します。

    a) 桃山時代の名品は、大萱、大平、久尻付近の長石を使っていた様ですが、すでに堀尽くされ

      しまっています。

    b) 現代作家の大部分の人は、滋賀県産の平津長石を使用していると言われていましたが、

      この長石もすでに底を付き、インド等から輸入した物を使っています。

    c) 加藤唐九郎は、瀬戸の広見村産の長石が良いと、述べていますが、ここも、もうありません。

    d) 荒川豊蔵氏は、地元隠元山の長石を、加藤唐九一郎は、釜戸長石を、加藤土師萌(はじめ)氏は

      新潟県村上の長石を、北大路魯山人は、福井県若狭付近の長石が良好と述べています。

      いずれの長石も、槌などで根気良く粉砕すると、深味のある釉ができるとの事です。

      参考文献: 「現代日本の陶芸家125人」黒田草臣著 小学館発行

次回(三代山田常山)に続きます。
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