十三今右衛門代を襲名して家業を継いだのは49歳の時でした。
襲名と同時に、色鍋島様式に彼独自の表現を付け加える必要を感じ、新たな技法を模索します。
その結果、従来の色鍋島には無く、初期伊万里にある「吹墨(ふくずみ)染付」の技法を見出します。
更に、薄い墨色の吹墨風技法「薄墨(うすずみ)」を開発します。この技法は、従来の殻を破りながらも、
色鍋島独特の品性を備えた作品と成ります。
② 十三代今右衛門の陶芸
) 薄墨(うすずみ)技法: 吹墨の手法を使って、薄墨色に色を出す方法で、薄墨の名は十三代の
作品特有の名称です。
a) 吹墨とは、呉須を噴霧器などで霧状にして、作品に斑点状の絵付けを行う染付けの一種です。
中国明の末期に作られた古染付に見られ、我が国でも初期伊万里の作品に見られます。
一般には、文様の背景部に墨を塗る事が多く、文様部に渋紙などで覆い、その上から呉須を
噴霧します。 噴霧後渋紙を取り除くと、その部分が抜けて白くなります。
b) 鍋島藩窯では見受けられませんが、十三代今右衛門はこの技法を取りいれます。
1976年の襲名記念の最初の個展で発表しています。
「色鍋島吹墨薔薇文花瓶:(高 25.5 X 径 31cm)(1978年)や 「色鍋島吹墨蕪文花瓶」
(高 21.2 X 径 25cm)(1976年)などの作品です。
c) 薄墨色は、呉須に替えて酸化ウラン系の絵具を使い本焼きによる釉下着色です。
この技法は、十三代今右衛門によって初めて使用され、彼の作品に多用される様になります。
「色鍋島薄墨露草文鉢」(高 21.6 X 径 36.9cm)(1981年)、「色鍋島薄墨草花文鉢」
(高 7.2 X 径 41.5cm)(1979年)、「色鍋島薄墨牡丹文花瓶」(高 58.6 X 径 3o.8cm)
(1982年)、「色鍋島薄墨芒文花瓶」(高 21 X 径 28.5cm)(1982年)等の作品があります。
) 薄瑠璃(うするり):広い面積を藍色で一様な色調に塗る方法です。
筆で塗ると濃淡斑が出てしまいますので、呉須を薄く水に溶き、器の中に流し込んで着色する
方法です。(瑠璃釉とは異なります。)手順は以下の様に行います。
a) 素焼き後、呉須で文様を線描きします。
b) 文様を墨でなぞり、着色します。
c) 墨の部分を防染してから、呉須液を器に流し込みます。
d) 素焼き程度の温度で焼成すると、墨は燃えてしまい、その部分が白く抜けます。
e) 更に透明釉を掛けて本焼き後、白い部分に赤や緑色で上絵を施し、再度焼成焼付けます。
「色鍋島薄墨瑠璃羊歯文鉢」(高 11 X 径 44cm)(1975年): 松下美術苑
③ 裏文様について
) 色鍋島の皿や鉢類には、一つの約束事があるそうです。裏面や高台部に模様を施す事です。
これを裏文様と言います。古伊万里や柿右衛門にも一部見られますが、鍋島では必要不可欠な
意匠の一部と成っています。
) 図柄は七宝結文や牡丹などの花文が多く、赤い薔薇など西洋風の花の場合も有る様です。
) 高台部には、櫛目文や七宝文、蓮弁文などが多く、表文と調和の取れた意匠に成っています。
) 但し、表文様と裏文様とは必ずしも関連している訳ではなく、裏文様はあくまで裏文様として
独立した存在に成っています。裏であるからと言い、手を抜く事も無く、非常に丁寧に描かれて
いるのも、色鍋島の特徴に成っています。
) 十三代の作品は、表文様と裏文様が関連つけられた文様を選んでいる様です。
2) 十四代今右衛門(今泉雅登): 1949年(昭和24)~
以下次回に続きます。