地下鉄で帰ってきた時のことだ。私の隣の若者は眠り込んでいた。その駅で降りる乗客が降りきった時、彼はガバツと起きるや次の瞬間にはホームに降りていた。間一髪でドアが閉まる。すると若者は自分のお尻に手をやってしまったという顔をした。私は思わず、私の隣の席、彼が座っていたシートを見た。財布が落ちている。私はそれをつかんで、ドアに駆け寄り、大きくそれを彼の前で振って見せた。確かに私が持っていますよと合図したつもりだ。
さて、それから拾い主はどんな行動を起こすべきだろう。私のカミさんは「普通の人はそんなことをしない」と言う。そうか、私はやはり普通の人間ではないのかと知った。それでも、確かにお節介過ぎたかもしれないが、間違ったことではないはずだと私は思っているのだが。
私は拾った財布を持って、すぐに一番後ろの車掌のいるところへ行った。車掌はいたようだが暗くてよくわからなかった。見えたのは、ガラス窓のところへ投げ出された男の足だけだ。それでも声をかけようとしたけれど、電車はもう次の駅に着きそうだった。この車掌と話しているよりも、自分が引き返して届けた方が早いだろう。それに落とし主は、財布を車内に忘れたと駅員に届けているだろうから、まだ駅内にいるだろう。そう思って、次の駅で降りて引き返した。
ホームに赤い線の入った帽子をかぶったまだ若い駅員がいた。「駅長室はどこですか?」と尋ねると、「どうかされたのですか?」と怪訝な顔で聞き返してきた。「この2つ前の電車で財布を拾ったので」と言うと、「アア、その人は次の電車で向かってしまいましたよ」と言う。そして「とにかく連絡してみましょう」と言うので、私はその駅員に同行した。電車は終点まで2駅しかない。私が次の駅か、その次の最終駅かで、駅に届けるだろう。そう思って、財布を落とした若者は、この2つの駅を聞いて回ったのだ。
「拾った人がこちらに届けてくれたと伝えてください」と、駅員は最終駅の駅員と話した。「あの、私はどうすればよいでしょうか?」と私は聞いた。拾得物届とかに署名するのかと思ったのだ。駅の今週の目標と掲げられた黒板にも、拾得物の扱いが書かれていた。若い駅員はチラッと私の方を見たが、何が言いたいんだこのじじいさんは、と言うような顔だったので、「私は帰ってもよろしいですか?」と尋ねた。「ああ、いいですよ」とまた愛想のない言い方だった。
私は言われるままに駅長室を出たけれど、どうして拾い主の住所氏名を確認しないのだろうかと不思議に思った。落とし主が自分の財布を見て、入っていたものが無いという場合はどうするのだろう。いや、そういうトラブルが発生した時に備えて、届を書かせないのだろうか、いろいろ思ったけれど、とにかく落とし主の若者が戻るまでホームで待とうと決めた。電車を3本待った。待った甲斐があって、電車から若者が降りてきた。「駅長室に届けておいたからね」と、私は彼に声をかけた。彼は大喜びをするわけではなく、若者らしく「ありがとうス」と軽く頭を下げた。
私も財布をなくしたり、運転免許証を落としたり、携帯電話を忘れてきたり、心臓が止まりそうな失態を起こしたことがある。だから、絶対に届けてあげようと思った。でも、私の行為は普通ではなかったようだ。
さて、それから拾い主はどんな行動を起こすべきだろう。私のカミさんは「普通の人はそんなことをしない」と言う。そうか、私はやはり普通の人間ではないのかと知った。それでも、確かにお節介過ぎたかもしれないが、間違ったことではないはずだと私は思っているのだが。
私は拾った財布を持って、すぐに一番後ろの車掌のいるところへ行った。車掌はいたようだが暗くてよくわからなかった。見えたのは、ガラス窓のところへ投げ出された男の足だけだ。それでも声をかけようとしたけれど、電車はもう次の駅に着きそうだった。この車掌と話しているよりも、自分が引き返して届けた方が早いだろう。それに落とし主は、財布を車内に忘れたと駅員に届けているだろうから、まだ駅内にいるだろう。そう思って、次の駅で降りて引き返した。
ホームに赤い線の入った帽子をかぶったまだ若い駅員がいた。「駅長室はどこですか?」と尋ねると、「どうかされたのですか?」と怪訝な顔で聞き返してきた。「この2つ前の電車で財布を拾ったので」と言うと、「アア、その人は次の電車で向かってしまいましたよ」と言う。そして「とにかく連絡してみましょう」と言うので、私はその駅員に同行した。電車は終点まで2駅しかない。私が次の駅か、その次の最終駅かで、駅に届けるだろう。そう思って、財布を落とした若者は、この2つの駅を聞いて回ったのだ。
「拾った人がこちらに届けてくれたと伝えてください」と、駅員は最終駅の駅員と話した。「あの、私はどうすればよいでしょうか?」と私は聞いた。拾得物届とかに署名するのかと思ったのだ。駅の今週の目標と掲げられた黒板にも、拾得物の扱いが書かれていた。若い駅員はチラッと私の方を見たが、何が言いたいんだこのじじいさんは、と言うような顔だったので、「私は帰ってもよろしいですか?」と尋ねた。「ああ、いいですよ」とまた愛想のない言い方だった。
私は言われるままに駅長室を出たけれど、どうして拾い主の住所氏名を確認しないのだろうかと不思議に思った。落とし主が自分の財布を見て、入っていたものが無いという場合はどうするのだろう。いや、そういうトラブルが発生した時に備えて、届を書かせないのだろうか、いろいろ思ったけれど、とにかく落とし主の若者が戻るまでホームで待とうと決めた。電車を3本待った。待った甲斐があって、電車から若者が降りてきた。「駅長室に届けておいたからね」と、私は彼に声をかけた。彼は大喜びをするわけではなく、若者らしく「ありがとうス」と軽く頭を下げた。
私も財布をなくしたり、運転免許証を落としたり、携帯電話を忘れてきたり、心臓が止まりそうな失態を起こしたことがある。だから、絶対に届けてあげようと思った。でも、私の行為は普通ではなかったようだ。